C級スポット探索日記

C級スポット探索日記

各地の資料館・博物館・珍スポを回り倒すのが趣味です。車が無いので公共交通機関利用で粘っております。転勤族(神奈川→埼玉→長野)

上田市立博物館

戦国時代に真田家が城を構えており、徳川と2度も派手な合戦が行われたことで有名な上田。今では城跡公園が整備され、公園内に市立博物館があるのです。

 

 

概要(アクセス・入場料)

アクセス

上田駅の北口(お城口)から徒歩20分、上田城跡公園の東端にあります。

駐車場は博物館専用のものはなく、城跡公園のものを使います(有料)。この駐車場は複数あるのですが、博物館に一番近いのは、すぐ北側にある「北観光駐車場」です。

料金の詳細はこちら→ 上田城跡北観光駐車場/上田市役所

 

入場料

300円です。同じ城跡公園内にある上田城櫓との共通券だと500円。

城櫓は江戸時代に建築されたものです。ただ冬季(12月~2月)は閉鎖されているので今回は寄っておりません。3月も土日祝日のみ開館なので気を付けよう。

なお博物館は冬季も開いています。

 

展示1 上田藩主たちの持ち物(真田は除く)

博物館は2棟ありまして、チケットは本館で購入します。なので本館から見て行きましょう。

1Fの展示室では、歴代の上田藩主の持ち物が展示されています。写真は撮っていいところとダメなところがあります(撮影可能な場所は張り紙がされている)

上田藩主というと初代は真田信之(幸村の兄)ですが、真田家関係は別館にまとめられているので、ここでは真田家以外の大名を扱っております・・って言った途端に客層の大半は興味を失ったりしないだろうか(名推理)

(仙石忠政の盾)

まぁ真田家が上田を治めていたのは1616年1622年の短い期間で、他家の方が圧倒的に長いですからね(弁明)

特に現在残っている上田城を建築したのは、真田家の後に上田に入った仙石忠政くんです。真田昌幸や幸村のときの上田城関ケ原合戦のあとにお取り潰しになっているのだ。

それでも多くの観光客は「これが真田家の上田城かぁ」と思って来ているはずなので、ちょっと仙石忠政くん浮かばれませんね。盾でも拝んで彼の功績を称えましょう。

仙石氏の治世は1706年までで、そこから明治までは松平家。通称「藤井松平家」、徳川家康の高祖父(おじいさんのおじいさん)の代から分岐した松平一派だそうです。

この人たちが一番長く治めていたので、品もいろいろ残っています。これは小馬印といって、旗印の一種とのこと。

おそらく上部に付いている標章がメインだと思うのですが、台座がもっさもさしていて気になりますね。というか濡れモップみたいで汚い(直球)。

馬の毛を束にしているそうです。

これは藤井松平家徳川家康から貰い受けた具足だそうです。兜にお耳がついているよ。ミッ〇ーマウスかな?家康も夢の国が好きだったんですねぇ。

本当はミミズクを表しているようですが、決死の争いをしている戦場にこんな兜したオッサンが現れたら、私なら吹き出すと思う。

こちらも松平家の兜ですが、今度はウサ耳っぽいですね。松平家は動物が好きなフレンズなのでしょうか。殺伐とした戦場に松平バニーちゃんの登場です(ただしオッサン)。

実際はウサ耳では無くてヒョウタンです。ヒョウタンは霊力があって縁起が良いとされ、秀吉が用いていたので有名ですね。しかしこのヒョウタン割れてますけど、霊力駄々洩れじゃなかろうか。

変な兜ばかり出てくる松平家ですが、旗印は13個の星に三日月を合わせた「黒地星月紋様」というスタイリッシュな装飾もあります。松平家は美術センスを3世紀くらい先取りしていたのかもしれない。

 

展示2 人工癌を作り出した学者 山極勝三郎

「癌は治すものであって、作ってどうするねん!」とたぶん皆ツッコむと思うんですが、山極勝三郎(1863-1930)の時代には、治療以前に癌がどうやって出来るのか分かっていなかったのです(現在も解明しきれているわけではない)

まずは発生原因を辿るため、人工的に癌を作り出す実験を行ったんですな。

(山極勝三郎さん)

その実験内容とは、「ひたすらウサギの耳にタールを塗って観察する」というもの。地味~ィ。なおタールとは石炭から生じる油状の物質で、これを扱う職人に皮膚癌がよく見られたことから犯人だと疑われていた模様。

「ウサ耳に油を塗ってひたすら眺める」簡単なお仕事(ただし気は狂う)を2年近くも継続し、1915年ついに世界初の人工癌が発生したのだ。海外の癌研究者たちも大絶賛。

 

という人が上田出身なので、その生涯の紹介と遺品の展示がされています。

 

展示3 真田家のご紹介

さて遂に真田家でござる。本館のすぐ隣に別館があって、こちらに専用展示室があります。いよいよ本番ですね!

しかしその最も大事な部分に限って、全面撮影禁止なのだ。ぐぎぎぎ(憤怒)。

ただ別館の一部に「上田の石マニアが集めた化石展」みたいなのがあって、そちらは撮影可能であった。許すところ逆だろう、、いちおうウニの化石の写真です。真田家も食べたかもしれません(適当)

 

展示品としては、真田家の登場(幸隆以降)以降の説明パネル。真田昌幸の甲冑、石田三成の呼びかけに昌幸が応ずると返事した書状、関ケ原後に家康が真田信之の所領を安堵すると約束した文書など、だいぶ貴重なものがありました。

という上田市のケチ臭さを体感したところでおしまいです。

別館1Fには映像コーナーがあって上田城の戦いの概要を見られます(結構わかりやすい)。100名城スタンプも置いてありました。

 

おしまい

 

【滞在時間】70分

【混雑度】★★★(館内にちらほら)

【URL】上田市立博物館