C級スポット探索日記

C級スポット探索日記

各地の資料館・博物館・珍スポを回り倒すのが趣味です。車が無いので公共交通機関利用で粘っております。転勤族(神奈川→埼玉→長野)

真田氏歴史館

上田駅の東方10kmくらいの位置に「真田」という地域があります。あの真田家の出身地で、彼らに特化した資料館があるのです。

 

 

概要(アクセス・入館料)

アクセス

普通は車だと思いますし、歴史館の西側に駐車スペースがあります。

公共交通機関縛りプレイのお客様は、上田駅の北口(お城口)からバスに乗りましょう。「傍陽線」という路線です。

乗車20分、「上原」停留所で降ります。場所は「塚田メディカルリサーチ」という会社の正面です。ここから1.4km徒歩15分。登りの坂道なので気張っていきましょう。

ただ傍陽線って2時間に1本くらいしか無いんですよね。時間が合わない場合は20~30分に1本出ている「菅平高原線」または「真田線」で15分、「下原」停留所で降ります。西友真田店の近くです。

しかしここから歴史館までは2.3km。行きは上り坂なので30分以上も掛かります。帰りは下りなので20分ちょっとで降りてこられると思いますが。行きは意地でも時間を合わせて傍陽線を使ったほうが良いです。

www.city.ueda.nagano.jp

ところで歴史館HPには「赤井線」なるバス路線を使えと書いてあるんですが、上田市のバスマップみてもそんな路線ないんですよね。廃止された可能性が大レ存。

 

入場料

250円でござる。

 

展示 真田家の出自ネタが多め

この奥が展示室ですが、内部は撮影禁止です。市立博物館でも真田関連の展示は写真ダメなのですが、上田藩である仙石家や松平家の品々はOKだったんですよね。なにこの差別待遇。

真田幸隆

市立博物館でも真田扱っているので展示被ってしまってるんですが、こちらは真田の出身地ということで出自に関する説明が多めです。

真田の始まりは、信之・幸村の祖父にあたる幸隆。というのは、この人以前の真田氏については記録が全然ないのでサッパリ分からないらしい。真田暗黒時代(中二感)。

さらにこの人の出自についても書物によってバラバラで、海野家出身で真田の地に初めてやってきた人とか、いやもともと真田にいた一族だとか記されています。

(真田城 画像は真田本城 - Wikipediaより)

対立する村上氏らによって真田の地は奪われてしまい幸隆は群馬に逃亡しますが、武田信玄の傘下に入ってから敵対勢力を追い出して所領回復。真田城を築きました。

この城は歴史館から2km弱と近い距離にあるのですが、山城なので当然のように上り坂です。行く気がしない(疲労

頂上に行っても碑が立っているだけで何も無いですけどね、真田の出身地ということで訪れる人は少なくないようです。グーグルマップの口コミ件数からすると。

(画像は博物館パンフレットから)

城の麓に住居用の屋敷も構えており、歴史館の西側に跡地があります。春にはつつじが咲いて良い感じになるそうです。

真田昌幸の時に上田城へ移るまでは、この屋敷を使っていたと。

 

(真田の家紋。画像は 真田氏 - Wikipedia より)

なお真田の家紋として有名な六文銭を使い始めたのは幸隆の時という伝承が残っています。また真田家には他にも家紋があり、のちに松代藩主となって以降はいろいろ使っているそうです。

 

(真田昌幸。右の画像は歴史館パンフレットから)

という風に幸隆関連の展示が少し多めですね。その後の昌幸~信之・幸村の説明は上田市立博物館とあまり変わらないので、どっちか片方に行っておけば良いと思う(直球)

真田昌幸の画像って妖怪じいさん的なのしか知らなかったんですが、若いころの画像がありました。妖怪じゃない時代もあったんですね。

(画像は歴史館パンフレットから)

あとは当時の書物や錦絵、真田家で使われていたとされる茶器や化粧道具が並んでいます。

展示室は1部屋だけなのであまり広く無いです。おわり。

最後に、展示棟の隣に「真田庵」なる建物があるんですが、こちらは閉まってました。食事処のようで、ここで食べたという2018年の口コミがあったから潰れてはいないようなのですが、、冬季は閉館しているのかな?

食べログでは潰れた扱いされていて笑ってしまう。

 

おしまい

 

【滞在時間】40分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】真田氏歴史館/上田市役所

 

上田市立博物館

戦国時代に真田家が城を構えており、徳川と2度も派手な合戦が行われたことで有名な上田。今では城跡公園が整備され、公園内に市立博物館があるのです。

 

 

概要(アクセス・入場料)

アクセス

上田駅の北口(お城口)から徒歩20分、上田城跡公園の東端にあります。

駐車場は博物館専用のものはなく、城跡公園のものを使います(有料)。この駐車場は複数あるのですが、博物館に一番近いのは、すぐ北側にある「北観光駐車場」です。

料金の詳細はこちら→ 上田城跡北観光駐車場/上田市役所

 

入場料

300円です。同じ城跡公園内にある上田城櫓との共通券だと500円。

城櫓は江戸時代に建築されたものです。ただ冬季(12月~2月)は閉鎖されているので今回は寄っておりません。3月も土日祝日のみ開館なので気を付けよう。

なお博物館は冬季も開いています。

 

展示1 上田藩主たちの持ち物(真田は除く)

博物館は2棟ありまして、チケットは本館で購入します。なので本館から見て行きましょう。

1Fの展示室では、歴代の上田藩主の持ち物が展示されています。写真は撮っていいところとダメなところがあります(撮影可能な場所は張り紙がされている)

上田藩主というと初代は真田信之(幸村の兄)ですが、真田家関係は別館にまとめられているので、ここでは真田家以外の大名を扱っております・・って言った途端に客層の大半は興味を失ったりしないだろうか(名推理)

(仙石忠政の盾)

まぁ真田家が上田を治めていたのは1616年1622年の短い期間で、他家の方が圧倒的に長いですからね(弁明)

特に現在残っている上田城を建築したのは、真田家の後に上田に入った仙石忠政くんです。真田昌幸や幸村のときの上田城関ケ原合戦のあとにお取り潰しになっているのだ。

それでも多くの観光客は「これが真田家の上田城かぁ」と思って来ているはずなので、ちょっと仙石忠政くん浮かばれませんね。盾でも拝んで彼の功績を称えましょう。

仙石氏の治世は1706年までで、そこから明治までは松平家。通称「藤井松平家」、徳川家康の高祖父(おじいさんのおじいさん)の代から分岐した松平一派だそうです。

この人たちが一番長く治めていたので、品もいろいろ残っています。これは小馬印といって、旗印の一種とのこと。

おそらく上部に付いている標章がメインだと思うのですが、台座がもっさもさしていて気になりますね。というか濡れモップみたいで汚い(直球)。

馬の毛を束にしているそうです。

これは藤井松平家徳川家康から貰い受けた具足だそうです。兜にお耳がついているよ。ミッ〇ーマウスかな?家康も夢の国が好きだったんですねぇ。

本当はミミズクを表しているようですが、決死の争いをしている戦場にこんな兜したオッサンが現れたら、私なら吹き出すと思う。

こちらも松平家の兜ですが、今度はウサ耳っぽいですね。松平家は動物が好きなフレンズなのでしょうか。殺伐とした戦場に松平バニーちゃんの登場です(ただしオッサン)。

実際はウサ耳では無くてヒョウタンです。ヒョウタンは霊力があって縁起が良いとされ、秀吉が用いていたので有名ですね。しかしこのヒョウタン割れてますけど、霊力駄々洩れじゃなかろうか。

変な兜ばかり出てくる松平家ですが、旗印は13個の星に三日月を合わせた「黒地星月紋様」というスタイリッシュな装飾もあります。松平家は美術センスを3世紀くらい先取りしていたのかもしれない。

 

展示2 人工癌を作り出した学者 山極勝三郎

「癌は治すものであって、作ってどうするねん!」とたぶん皆ツッコむと思うんですが、山極勝三郎(1863-1930)の時代には、治療以前に癌がどうやって出来るのか分かっていなかったのです(現在も解明しきれているわけではない)

まずは発生原因を辿るため、人工的に癌を作り出す実験を行ったんですな。

(山極勝三郎さん)

その実験内容とは、「ひたすらウサギの耳にタールを塗って観察する」というもの。地味~ィ。なおタールとは石炭から生じる油状の物質で、これを扱う職人に皮膚癌がよく見られたことから犯人だと疑われていた模様。

「ウサ耳に油を塗ってひたすら眺める」簡単なお仕事(ただし気は狂う)を2年近くも継続し、1915年ついに世界初の人工癌が発生したのだ。海外の癌研究者たちも大絶賛。

 

という人が上田出身なので、その生涯の紹介と遺品の展示がされています。

 

展示3 真田家のご紹介

さて遂に真田家でござる。本館のすぐ隣に別館があって、こちらに専用展示室があります。いよいよ本番ですね!

しかしその最も大事な部分に限って、全面撮影禁止なのだ。ぐぎぎぎ(憤怒)。

ただ別館の一部に「上田の石マニアが集めた化石展」みたいなのがあって、そちらは撮影可能であった。許すところ逆だろう、、いちおうウニの化石の写真です。真田家も食べたかもしれません(適当)

 

展示品としては、真田家の登場(幸隆以降)以降の説明パネル。真田昌幸の甲冑、石田三成の呼びかけに昌幸が応ずると返事した書状、関ケ原後に家康が真田信之の所領を安堵すると約束した文書など、だいぶ貴重なものがありました。

という上田市のケチ臭さを体感したところでおしまいです。

別館1Fには映像コーナーがあって上田城の戦いの概要を見られます(結構わかりやすい)。100名城スタンプも置いてありました。

 

おしまい

 

【滞在時間】70分

【混雑度】★★★(館内にちらほら)

【URL】上田市立博物館

 

別所温泉(外湯巡り)

長野県の上田市にある別所温泉は「日本最古の温泉」候補の1つです。外湯が3つあって、1つ150円で入れるのだ。しかも硫黄泉!温泉好きは行くしか無いですね。

 

 

概要&アクセス

「日本最古の温泉」と言われているのは、ヤマトタケルがこの地に寄ったとき、7つの温泉を発見したという伝承があるためです。その伝説、日本各地に無いですかね。

7つの湯が見つかったので「七久里の湯」とも呼ばれていたのですが、清少納言が『枕草子』で日本三大名湯を挙げており、その中に七久里の名が入っているのだ(他は有馬と玉造)。

というわけで別所の湯は「春はあけぼの、夏はビール」のように、昔から名が知られていたのです。きっと。

(温泉街にある北向観音

鎌倉時代には北条氏の一派である塩田北条氏がこの地域に入り、様々なお寺を建てました。なので「信州の鎌倉」とも呼ばれているのだ。鎌倉には温泉ないから、実は鎌倉より有能だと思う。

温泉街へのアクセスですが、上田駅から上田電鉄で30分強、別所温泉駅まで行き、そこから徒歩10分・・なのだが、2019年の台風で上田駅城下駅間にかかっていた橋梁が崩壊したため、同区間代行バスでの運行になっています。

橋梁建設なんて何億かかるんでしょうね。現時点では2021年春の復旧見込みだそうです。

車で行く場合、駐車場は温泉街のあちこちにあります。だいたい有料で500円。

無料なのは大湯駐車場くらいですが、ここから温泉街へは上り坂なので正直ダルい。別所温泉駅や温泉街の寺周辺にも駐車できるスペースはあるにはありますが、温泉利用者向けではないのでお勧めはしません。

 

外湯まわり

別所温泉には3つの外湯があるのです。全部制覇しましょうね。

1.大師湯

1つ目は温泉街の中心あたり、北向観音の近くにある「大師湯」。9世紀の天台宗座主 円仁大師がこの湯にハマっていたことから名前が付いています。温泉だと知らないで見ると、廃屋みたいですね(小声)

別所の外湯はみんな同じですが、券売機で入浴券を購入して中にいる番台さんに渡します。150円です。

タオルや石鹸、シャンプーは番台で売っていますのでそちらに聞こう。ただ中は狭いので洗う場所あんまりないですけどね。

 

内部の写真は(当然ながら)ありませんので文章だけ。

3つある外湯の中では一番狭いです。湯舟は4人入れば満杯。ただ別所に来たことある人はそれを分かっているので、より大きな他の2つの外湯に行き、逆にここが一番空いている可能性もあります。

私は休日に行きましたが、芋洗い状態にはなりませんでした(安堵)

 

 2.石湯

石湯は大師湯のすぐ近くにあります。こちらの湯舟は少し大きめで、先ほどの1.5倍くらいです。4人の1.5倍って6人ですけどね。サイズが限られていることに変わりはない。

真田幸村隠し湯」と呼ばれています。池波正太郎が長編小説『真田太平記』の中で何度か別所温泉の話を出しており、幸村が入浴するシーンもあるんですね。

ただ幸村が実際にこちらに来たという歴史的な証拠はありません。池波のただの趣味ではないか。それでも当時は小説や大河ドラマ効果で訪れる客が結構いたそうな。なお小説内では女忍者がお湯につかるポワワワーンなシーンもあり(割愛)

 

3.大湯

大湯は別所の外湯では最も手前側(別所温泉駅側)にあります。3つの外湯では一番大きく、また露天風呂も付いているのだ。というわけで最も人が来るところでもある。 

前の2つは温泉街にあったんですが、大湯はそこから10分ほど歩き、住民向けの店舗が並ぶ地帯にあります。旅館もあります。

館内には牛乳の自販機もあります。風呂上り牛乳勢にはたまらないですね。ただ館内で腰を落ち着けられるところはないので、買ったら外に出て飲みましょう。

 

 

というわけでした。

3つともマイルドな感じの硫黄っぽさがあり、温度も適温でとても良いです。ただ硫黄臭さは逃れられないので、3つ全部回るつもりなら着ていく服装は考えるべし(あまりお高くないやつ)

別所温泉自体はここ数年で廃業する旅館が相次いでおり経営的に厳しそうですが、温泉の質は大変良いので頑張って生き残っていただきたい。

 

おしまい

 

【URL】別所温泉の外湯めぐり(別所温泉観光協会)

園原ダム

群馬県沼田市にある園原ダムです。東京都心への治水機能、発電機能を持ち、さらに心霊スポットとしても扱われているのだ。まさに多機能型ダムである。

 

 

概要

園原ダムについて

利根川のながれ | 利根川ダム統合管理事務所 | 国土交通省 関東地方整備局より)

園原ダムは利根川水系の上流にある「片品川」に建設されたダムです。1947年カスリーン台風というハリケーンボンビーの極みみたいなのが東京・埼玉一帯を水浸しにしていったので、その対応策として計画された「利根川水系8ダム」戦隊の1つ。

カスリーン台風時の葛飾区の様子。写真でみるカスリーン台風 | 国土交通省より)

カスリーン台風では1日ちょっとのうちに怒涛の雨が降って都市が水没し、死者1,000人 被災者40万人という大被害を出しました。葛飾区の写真が残っているが、地上3mまで浸水し、住民は筏で避難したそうです。

河川行政のトラウマ事件であり、全国にダムが設置される起源となったようですね。

1953年に建設が決定、1965年に完成しました。水没地には老神温泉の一部も含まれており、立ち退きはハチャメチャ難航したそうですが、それでも10年ちょっとの短期間で竣工してますね。

同じ県内の「8」が付くダムが60年だかバトルしているのと比べると凄い早い気がする。

アクセス

普通は車で来るでしょうね。ダムの脇に国交省の園原ダム管理支所があり、駐車場に停められます。ダム堤体の手前にもさらに数台分スペースがあります。

意地でも公共交通機関で来たいという方は、沼田駅から出ているバス「南郷線」で終点の手前にある南郷橋 停留所で下車し、徒歩ちょっとです。

ただ土日祝日は運休です。絶望。

 

ダム堤体

堤体は普通の道路となっていて、ちょこちょこ車が通ります。見学の際は気を付けよう。

堤体から下流方面を眺めるかーと思ったら、乗り越え防止の塀がありまして、端の方へ近づけない仕様になっています。写真が撮れないでござる。

きっと堤体からのダイナミックジャンプを防ぐためなんでしょうね。

いちおう撮影しましたが、柵がモロに入り込んで微妙な写真にしかなりませぬ。まぁ塀と柵が2重にあることでJUMPERの心理も2回ブロックできるんですかね。水だけでなく若者の命も保つ役目があるのですと。

 

心霊スポット

園原ダムで検索すると、心霊スポットとして出てくるんですよね。「事故死したダム作業員の霊がでる」とか「自殺スポットとして有名だから」とか。

堤体上の道路から続くこちらのトンネルは、そうした怖いスポットの一つです。ただのトンネルにしか見えないんですが、何かあるんですかね。通ってみましょう。

けっこう狭いですね。車も通れるんですけど、サイズが大きいと行き違いが難しいかもしれない。あとカーブがきつくて先が見通せないのも、少し不安をあおります。

壁には地下水か何かが漏れ出たように見えるシミ。汚い。

あとゴゴゴゴゴーと重低音がときおり鳴り響くのが不気味。この上に別のトンネルがあり、その車の走行音です。夜に来たら確かに怖いわな。

出口が見えてきました。距離は長くなく、200m程度です。

向こう側に出ても特に何も無いし見晴らしも良くないので、結局もどってくることになります。

心霊スポットはもうひとつ。ダム湖である園原湖の中央にかかり、湖を2分している橋です。かつては不安定な吊り橋で、多くの人や家畜が転落死したので霊が憑りついているとか。

今となっては現代的な構造してますがね。家畜どころか車だって通れます。オッサンが釣りしてましたが、良い地縛霊でも釣れるかな?

ダムの堤体からはまったく景色が見れませんでしたが、ここからはダム湖が見渡せます。冬は何も無いけれど、春や秋は木々が綺麗に映えるかもしれませんね。

・・ぜんぜん心霊スポットじゃないじゃないか。

おまけ。近くの観光スポット「吹割の滝」にいたこの人形の方がよほど怖かったですね。さっきのトンネルの出口に置いておけば盛り上がるのではないか。

 

おしまい

 

【滞在時間】30分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】薗原ダム | 利根川ダム統合管理事務所 | 国土交通省