神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

旅行ブログです。地域別カテゴリは最下段から。

松本市歴史の里

 

松本市周辺にある文化財的な建物をまとめてここにぶっ込みました、ってのが歴史の里です。

5つの建物と1つの展示棟を備えている。

結構な規模なので土地も広いところが必要となり、観光地となっている松本城周辺には置く場所が無いので、立地場所は松本駅からバスで25分とだいぶ偏狭なところです。

周り一面、田んぼだしな。

 

 

右前にみえる受付で入場料を払います。

400円。

 

 

最初に入るのは、長野地裁の松本支部として使われていた裁判所の庁舎です。

1908年建築から1977年まで使用され、あやうく死刑(解体)にされるところだったが、明治時代に造られた裁判所としては最高レベルの完成度と言うことで国の重文にもなっており、移築されて余生を送っております。

 

 

表にある門も、明治時代からの付属品らしいよ。

裁判所らしい威厳・権威を思わせるカッチリした外見である、犯罪者ぶっ飛ばすぞ!的な。

いや裁判官がその意識はまずいと思うけれど。

 

 

裁判所があるので、受付に併設のお土産ショップでは、判決後に法廷外で弁護士連中がおもむろに見せつけるアレが売られております。

正式名称「びろーん」なんですかね、あれ。

なおモノはハンドタオルですので、用途はいろいろ。

日々の入浴で使うのも、混浴温泉に出かけて「全面勝訴」を頭に巻きつけて仁王立ちするのも、各自の責任でご自由に。

 

 

建物の中には、この裁判所の履歴のほか、日本の裁判所の変遷が展示されています。

移築されて資料館としてオープンした当時は「日本司法博物館」って名称だったらしいが、2002年に松本市が資料館を受け継いで歴史の里を開いた際にその名称は無くなってしまった。

どうして名称変えたのだろう。「日本全体の司法を扱っていると主張するのは、さすがにおこがましい」と松本市サイドが考えたのだろうか。

さすが教育県・長野。謹厳実直、慎み深くあれ。

 

 

なおこの施設のパンフレットを見ると「学都・松本」って書いてあるのよね。

「教育県・長野」でも良いと思うのだが、そんなことを松本人に言ったら「ここは長野ではない!松本だ!!」って大日本帝国陸軍の教官に軍靴で頭を殴打されるくらいの勢いでキレられると思う。

松本と長野の関係は、トルコとクルディスタンのようなものだと思えば良いであろう(?)

 

 

さて廊下を抜けて、戦前の法廷に来ました。

壇上に居るのは裁判官や検事、書記官です。

弁護士や証言者は下段にいます。

 

裁判官・弁護士・検事らは出廷する際には「法服」を着ている。

もともとは各々好き勝手な格好をしていて良かったが、大審院判決に上 ユニクロしまむら で来られても困るので、1880年代後半頃に法制化された。

聖徳太子の服装をモデルに、西洋の法服スタイルを取り入れて作ったそうなのだが、西洋要素はどこ?ってくらい聖徳太子にしか見えないのは帽子のせいだと思う。

 

 

戦前の法廷と異なるのは、検事が裁判官と一緒に上段に居て、「オレは裁く側だ」雰囲気を出しているところですね。

被告は潔白を主張するはずが、検事に対して許しを乞うみたいな図になります。

司法と行政は制度上分離したはずだが、江戸時代の「お上が民を裁く」ノリはまだまだ無くなってませんね、というところ。

 

 

戦後の裁判所の配置図はこれ。

弁護士と検察は同じ下段にいて、裁判官だけが上段に居ます。

これで訴える側と訴えられる側は対等、というこってす。

 

 

なお証言台には人形がいないので、アナタが立てます。

シナリオまで用意されていて、証言台の下部にあるボタンを押すと音声が始まる。

Aを押すと証言者のセリフまで勝手に読まれるが、Bの場合はアナタが演技することになります。

リアル逆転裁判を楽しみましょう。「異議あり!」って訴えられる側になりますが。

 

 

さっきの法廷は、地方裁判所にあたるところ。

この庁舎には簡易裁判所にあたる「松本区裁判所」も併設されており、その部屋がこちら。

ちと狭いね。

座席の配置は現代のものになっています。

 

 

ここは書記官の部屋ですが、パネルに占領されています。

日本各地の裁判所建物について扱っている。

 

 

1895年に造られた司法省の建物。

これいまだに法務省の庁舎として残っている。

リフォームくらいはしたのかな。

 

 

裁判所は東京に大審院が1つ、高裁にあたる控訴審が主要都市に7つ、地裁が48、簡易裁(区裁)は300設けられたそうな。

なかでも横浜や神戸など外人の多そうな地域には洋風の近代的な庁舎が建造された。

横浜の庁舎は立派だねぇ。

 

 

一方で長野市の裁判所は・・これ誰かの家ですかね?

新しい裁判所をポンポン建てる金なんか無いから、大名屋敷や寺院の建物を転用して使っていたそうです。

長野の庁舎はまだ威厳がある方かもしれない、奈良県のはイササカ先生の家とあまり変わらないような外見だった。

 

また都会では洋風レンガ建築だが、田舎では和風木造。

レンガ持ってくるの高いし面倒だから、もう伝統の和風でやったのだろうか。

 

 

ここは検事局の執務室。

裁判所の中に、判事の部屋と検事の部屋が同居してたんだね。

訴える側と裁く側が一緒にいるって当然問題なわけですが戦前は御咎め無く、戦後になってから分離された。

 

 

検事の部屋ってことで、取り調べに使われた道具たちが置かれています。

 

 

これは逃げる犯人の袖に引っ掛けて転ばせて捕まえるための道具らしい。

 

 

その割に、先がやたらと鋭利じゃないですかね。

逃げる背を後ろから突き刺しに行くようにしかみえないのですが。

 

 

取り調べの場面。もとい公式リンチである。

被疑者には人権などないのであった(ちーん)

 

 

裁判所だけで結構なボリュームでしたが、あと幾つも建物があるんだな(疲労

次は裁かれた者たちが集まる、刑務所ですよ。

このスムーズな流れ。まるでベルトコンベヤーですね。

 

 

松本にある少年刑務所の旧牢獄です。

1953年に建造され、1990まで使われていた。

結構最近だな。

 

 

独房の様子。

寝床のすぐ横にトイレって、嫌だねぇ。

 

 

こちらは3人部屋だそうです。

このスペースに3人・・たいへん♂臭い夜になると思われる。

トイレなんて最悪だね、一人が”かました”臭気を他の2人も吸わねばならんのだ。

これは受動喫煙(即死)ですわ。

 

 

使われていた当時の仕様のままだから、扉閉めて外から鍵かけたら、中からは開けられないよ。

セルフ アズカバンにならないよう気を付けて遊びましょう。

 

 

仁義なき友達によって閉じ込められた時は、扉横にあるこのスイッチを押そう。

 

 

スイッチを押す前。

 

 

 

押したあと。

扉の外側に、牢の番号が書かれた札が飛び出し、これで看守が分かるようになっている。ファミレスの呼び出しボタンですね。

これを発見した施設の人か他のお客さんに救出してもらったら、閉じ込めた友達のところへやり返しにいこう。

というか、独房に友人を閉じ込めて居なくなるようなやつと友達付き合いするのは、止めようね。

 

 

向こうの壁に星印シールが付いているのだが、囚人はあの星よりも扉に近づくなということを意味している。

 

 

扉には監視窓が付いているんだけれど、星シールより手前に入り込まれると死界になって囚人が見えなくなってしまうのだ。

 

あとこの刑務所、全国で唯一、中学校が併設されている。

「中学校にろくに通えず義務教育をしっかり学べていない囚人」を対象に、意欲のあるものを選抜して、全国の刑務所からここの学校に送り込んでいるのだ。

オダギリジョー主演でドラマ化もした、ということである。

 

 

あと数軒ありますけど、疲れてきたのでパーッと流して紹介します。

この古民家は「宝来屋」という宿。

飛騨・高山方面から岡谷・諏訪方面の養蚕工業地帯へ出稼ぎに来る女工が多かったのだが、その移動ルート上の最難関である野麦峠の麓にあり、一夜の休憩所となっていた。

 

 

私読んでませんが「あぁ野麦峠」という有名な作品があり、女工の厳しい生活をドキュメンタリー調で綴っている。映画化もされている。

なおグーグルで「ああ」って打っただけで野麦峠サジェストされるので、現代でも知名度はあるのだろう。

 

 

内部はザ・古民家です。

多い時は宿泊する女工、一晩で100人にもなって、このスペースに雑魚寝していたらしい。

とてもじゃないが収まり切らんだろう。どんだけ積み重なってたのよ・・

 

 

この建物は、かつて存在した昭和興業という養蚕業の工場です。

 

 

長野県の諏訪・岡谷では養蚕業が全国的にも盛んであったそうな。

飛騨方面からさきほどの野麦峠を超えてきた女工たちはここを目指してきた。

飛騨は木工や鉱山があるけれど、零細農家の女性には厳しい環境だから、こちらまで出向いてきたのだろうか。

 

 

これらの設備、なんとお触りOKです。

機材のすみずみまで触って、生糸の作り方を調べましょう。

 

 

そしてこちらの展示館では、ミニ展示を3本置いている。

「あぁ野麦峠」の作者 山本茂実に関するもののほか、川島芳子とシベリア抑留関係。

 

 

川島芳子清朝滅亡寸前に生まれた皇族で、血統的には中国人です。日本の川島浪速という人のところへ養子に出されたので、日本風の名前。

 

女性でありながら男装・一人称は「僕」という、ボクッ子先駆けの存在であるが、大陸の日本軍と関わりを持ち、ラストエンペラー溥儀の満州への脱出に関わったり、上海での戦闘「上海事変」勃発の工作を担うなど、経歴けっこう真っ黒くろすけ。

そんなんだから戦後、中華民国政府により「敵国日本に協力した」かどで処刑された。

 

 

この人。

養父の川島浪速が松本出身なので、この人も女学生時代に松本に住んでいたことがある。というわけでここで展示されているのです。

男装の麗人」と呼ばれて小説にもなり、一大ヒロインとして描かれた有名人。

 

最初のうちは持てはやされたが、次第に清王朝の復活を求めて日本を批判したりしだしたので、軍からウザがられて遠ざけられ、料亭の女将という閑職にさせられた。

そこからアルコール・ヤク厨になり、昼夜逆転した堕落生活を送ったそうな。

戦後も更生の機会なく処刑だから、悲しいなぁ。

 

「なんで清朝の皇族が日本人の養女になるの?」「どうして男装?」などの疑問は、関連書物がたくさん出ているから読めばいいと思うよ。

 

 

そして戦争繋がりなのか分らんが、唐突にシベリア抑留ネタが展示されています。

どうしたのこれ?

松本市の帰還者から寄贈されたのだろうか。

 

 

その中に、田中三喜雄という人の漫画が入っている。

実際にシベリア抑留されて死にかける体験をしたのだが、帰国してからその悲惨な有様を、のんきな絵柄で表現するというブラックユーモア溢れる作品を残した。

ただ知名度は殆どなく、グーグル先生も知らないようです。

 

 

個人的には、この1コマ即落ち桃太郎が非常に好きです。

おわってしまったがな。

 

 

最後に1軒、木下尚江という明治期の社会運動家の住家があるのだが、もう疲れた頭で小難しい話は無理なのだ。

中は普通な和室だったよ。それだけです(なげやり)

 

 

以上。

 

【交通手段】松本駅からバス25分、大庭駅から徒歩15分

【入館料】400円

【混雑度】★★(他に2~3人)

【滞在時間】90分

【URL】

matsu-haku.com