神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

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飛騨生コン歴史資料館

 

飛騨高山といえば古い街並みの通りで観光客を集めているが、そこから少し外れた商店街の一画に、こんな資料館があります。

公式HPもなくグーグルマップ以外の情報が無かったのでかなり不安だったが、ちゃんとやっていた。

 

・・やってるというか、特に館員もおらず、「扉あけとくから勝手にどうぞ」という感じ。

 

 

資料館の中はあまりスペースがなく、入館するとまずこんな視界になる。

車どでかすぎて、他のもの見えませんがな。

 

 

生コンに関する古い機材が展示のメインテーマですね。

このミキサー車プリンス自動車が販売した初代クリッパというらしい。

プリンスは今の日産です。

すごい重量感と圧迫感があるな、部屋のサイズのせいだと思うけど。

 

コンクリートはセメント+砂利+水を練って作るが、作るそばから固まってしまうので、ミキサー車でぐるぐるかき混ぜつつ、現場へ持って行く。

固まっていない「生」の状態なので、生コンです。

そういう技術が登場したのは日本だと1949年以降のことで、それ以前は工事現場でコンクリート製造を行っていた。

現場にろくな作業場なんて無いから品質は安定しないし手間もかかるしだったのが、生コンは落ち着いて工場で作れて費用も手間も抑えられるので革命的な変化であったとさ。

 

 

そんな生コンを飛騨地方で先んじて導入したのが、この「飛騨生コンクリート(株)」。

社史が一枚パネルで書かれているけど、これ結構高い位置に貼られているので首が疲れるのであった。

 

この会社、検索しても自前のHP持ってないみたいなのよね。

飛騨地方の生コンクリート組合のサイトのみ。

だから資料館のホームページもないのだ。

 

 

1960年代と思われるが当時の生コン工場の模様。

随分とまぁ簡素である。

 

さっきのパネルによると、この会社は「加藤庄建材店」が前身で、ここの加藤さんがいち早く生コンの販売に着手。

1960年頃だと東京では生コンがんがん使われていたと思うのだが、飛騨ではまだ知名度も需要も無かったようで、加藤建材店つぶれております。

そのあと事業を何人かで引きつぎ、大きな資本も入って安定経営になっていくのだが、どうも肝心の加藤さんは建材店破産時に「不在になった」そうな。

彼自身がコンクリートにされてなければ良いですけどね。

 

 

んで昔の機具がいろいろ並べられているわけだが、特に説明とか置いて無いので、いったい何の道具なのかサッパリわからないのであった。

公式HP無いのと合わせて、あんま資料を広めるつもりは無いのかな?

現場の親方は背中で語るのである。

 

 

内装が昔ながらなのは、この建物が飛騨生コンクリート(株)の旧本店だったことの名残りかと。

前身の加藤庄建材店は元々セメント販売店だったそうなので、右上の看板もその関係ネタかもしれない。

 

 

というわけでした。

館内は明りあんま点いてないから外から見るとかなり暗く、閉業した感がバリバリするので、通り過ぎる観光客は資料館の存在に気づいてもあっさりスルーしていくのであった。

 

以上

 

【交通手段】高山駅から徒歩15分

【入館料】無料

【滞在時間】20分

【混雑度】★(誰も居ない)

【URL】なし