神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

旅行ブログです。地域別カテゴリは最下段から。

光風荘(2.26事件現場)

 

 

湯河原に光風荘っていう施設があるんですけど、名前で察しのとおり元は旅館です。

温泉付き老人ホームでもサ高住でも無いよ、それはきっと現代の話。

 

 

旅館は旅館でも、2.26事件の現場になった場所である。 

途端に血生臭い感じがしてきましたね。

 

牧野伸顕。画像はwikiから

 

2.26事件ってこんな温泉街で起こったんだっけ。湯けむり殺人事件?(よくありそう)

 

このクーデター未遂事件は首相官邸や新聞社など主に都内で起こったものだが、都外としては唯一、湯河原で襲撃があった。 

 

ターゲットになったのは、内大臣 牧野伸顕

内大臣という役職は、天皇のお傍にひたすら居るというもので、よって天皇への影響力は非常に強い。

天皇からの信頼は厚かったが親欧米的な姿勢であったため、アメ公嫌いな2.26事件首謀者たちから「天皇をそそのかす佞臣や!」として襲撃対象に。

 

(画像はwikiから)

 

この牧野伸顕大久保利通の次男なんだってさ。

似てないなぁ。

まぁ撮影した年齢が異なるし、大久保のこの写真は(他の大久保の写真と比べると)だいぶ盛っているようにも見えるので、牧野さんサイドから抗議まったなし。

 

 

www.itouya-net.jp

 

その牧野が事件当日、湯河原の光風荘に宿泊するってんで、そこを狙われた。

 

光風荘は伊藤屋という旅館の別棟。

かつては島崎藤村が常宿として『夜明け前』の構想を練ったらしく、かなりの高級旅館で、今でも1泊2万5千円はします。

泊まりたいなぁ(貧並感)

 

というか、『夜明け前』って中山道の話じゃないか。

どうして東海道の宿場町で構想練るんですかね、これは信州への裏切りである。

 

 

(渋川善助。極道の人かな?画像はwikiから)

 

襲撃側は、まず民間人である渋川善助を伊藤屋本館に宿泊させ、光風荘の様子を伺い、本当に牧野が宿泊しているかを確認。

民間人がスパイかいなって思うが、この人、陸軍士官学校を中退してた。軍人崩れ。

蜂起直前には他のアタッカーも集まっており、この部屋で具体的な襲撃作戦が練られた様子。

 

このとき渋川が泊った部屋は現在でも残っていて、なんと宿泊可能である。予約時に宿の人にお願いすれば良いらしいので、Let's try!

ついでに言うと、この渋川善助は会津若松の問屋の生まれなのだが、その問屋の建物もまた現存しており、渋川が少年時代を過ごした部屋も保存されているとのこと。

それは遺族にとって嬉しいのか悲しいのか。

 

 

 

2月26日の午前5時、襲撃隊8名は光風荘に乗り込む。

勝手口に回り込み、「電報!」と偽って叫び、中の家人がドアを開けた瞬間に銃を突き付けて「牧野を出せ!」と押し入る。

 

というわけで私も入館しますね(こなみ)

 

無料で入れます・・が、館内は撮影禁止なのだ。

内部は普通に和風家屋で、特段スーパーなことは無かったと思う。

ガイドのおばあちゃん方から事件の説明を受けつつ、パネル展示を見るような順路になってます。

 

写真撮れなかったからこの記事どうしようか困っているのだが、とりあえずおばあちゃん方から聞いた事件の顛末を書くか。

 

(2.26事件発生地の碑)

 

賑やかに光風荘へ突入した襲撃隊であったが、この日牧野の護衛に付いていたのは射撃名人である皆川巡査であった。残念だったな。

たちまち銃撃戦になるが、襲撃隊2名に重傷を与えて光風荘から追い出す。

仕事が早すぎるぞ皆川巡査。

建物の入り口は狭いので、8名いたところで数的有利があまり生きない状況ではありますが。

 

ビビった残りの襲撃隊は建物内に入るのをためらい、外から機関銃でひたすら乱射し、あげく光風荘に火をつけて皆殺しを図る。

さすがにこれはオーバーキル・・というか潜んで暗殺に来ているのに周辺にモロバレなんですが。

コマンドー皆川巡査もここで力尽きてしまったが、標的である牧野や家族・家政婦らは巡査の稼いだ時間で脱出に成功した。

 

(画像はwikiから)

 

なお事件に巻き込まれた牧野家の中に、牧野伸顕の孫である和子がいた。

この人は九州の麻生家に嫁いでおり、その子供が麻生太郎である。 

というわけで光風荘事件の結果次第では、この人は生を授かっていなかったわけ。

しかし祖先に大久保利通やら吉田茂がいる家系って凄まじいな。

 

 

 

標的を逃してしまった湯河原襲撃隊。その責任者が当時28歳の河野壽(こうの ひさし)大尉である。

皆川巡査の反撃でコマンドーされてしまい病院へ搬送されるが、事件発生直後は「国のために佞臣に裁きを下す英雄」として扱われ、厚い看護を受けた。

この時点では、彼ら2.26事件首謀者の行動は天皇陛下への献身として捉えられていたのだな。

それにしてもこんなお坊ちゃんぽい人が襲撃計画やるわけだから分からんもんである。

 

しかし僅か3日後の2月29日、蜂起者に対し天皇陛下の「投降」勅令が下り、英雄扱いから一転して逆賊に。逮捕逮捕。

 

 

 (画像はwikiから。投降を促すアドバルーン

 

 2.26事件の首謀者たちは片っ端から処刑されてしまったが、河野大尉については兄と弟がいた。

事件後に入院中の河野大尉を訪問した弟は「このままでは軍人の恥であり、せめて自決せよ」と迫っており、そして数日後に兄が見舞いと称して果物ナイフを持ってきた。

なにこの鬼気迫る連係プレイ。

 

監視下にある河野容疑者、大きな刃物など使えず手段の無い中、この小さいナイフで割腹自殺を遂げたのであった。

果物ナイフなんぞで人体斬れるとは思えませんけどね、この人は強引に腹を掻っ捌いて、ただ傷口もなかなか致命傷にならないから、失血死するまで長時間苦しみつつ死んだそうです。

恐ろしい精神力。

 

このナイフ、展示されております。血痕と怨念がやばそうである。

 

 

 

という感じで、様々な事件解説を聞けたのでした。

1時間くらい経っていた気がする。

普通に回ったら館内15分くらいで終わってしまう規模でしたけどね、ガイドのおかげで貴重な情報を入荷できましたとさ。

 

あと聞いた話。

この光風荘の敷地は伊藤屋の所有だったのだが、湯河原自体が以前ほど温泉地として賑わっていないためか、伊藤屋から都内の企業に売られてしまった。

その企業はなにか開発でもしようとしたのだろうが、遺産である光風荘取りこわしは止めてくれと湯河原町から要望され、それで何とかこのとおり残っているという。

 

あくまで”なんとか”残っている状態なので、「いつ無くなるか危ないから見れるうちに見といたほうが良い」(byガイドのばっちゃま)

確かに屋根とかだいぶボロボロだったしなあ。

 

 

以上。 

 

【交通手段】湯河原駅からバスで15分「公園入口」下車。徒歩2分

【開館時間】土・日・祝  午前10時~午後3時 (受付締切午後2時30分)

      平日は1週間以前に要予約

【入館料】無料

【滞在時間】1時間

【混雑度】★(誰もいない)

【URL】湯河原町 | 光風荘