神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

C級スポットを主に巡るブログです。C級スポットとは、「メジャーな観光地(A級スポット)・ちょっと変わった観光地(B級・珍スポ)ですらない、楽しめるかはその人次第の場所」という意味です。地域別カテゴリは最下段から。

聖天宮

 

坂戸の珍スポットでお馴染み、聖天宮(せいてんきゅう)にやってきた。

 

 

台湾の道教寺院だが、入場ゲートのぶっとんだ派手さがテーマパーク感だしていて、割とテンションが上がる。

 

 

 

ズームしてみました。

 

 

もっとズームしてみました。

金色化したミニチュア版こま犬をこれでもかと敷き詰めている。

 

 

地上にいるこま犬も驚いて白目をむいている。

 

 

周辺の風景はこの通り。

建物が散在する程度の田畑地帯に、整然と輝く金ぴか寺院が現われるわけである。

夜中に事前情報なしでここを通ったら、まずビビるであろう。

 

 

土地が余っているのか、駐車場はそこそこ広い。

ただこの日は平日だったにもかかわらず、中に入ると人が意外といたので、休日は混むときがあるかもしれない。

 

 

さて、入り口で500円を支払って入場。

広大な前庭へ。

 

 

第二の門な感じで「前殿」。

入場門をさらにスケールアップしている。

 

 

両端には塔がついている。

中に入れるし、あとで入ります。

 

 

前殿には様々な装飾が施されている。

 

 

石に刻んで作っているようだ。

細かいねぇ。

 

 

 

同じく石造の龍。

このように龍の装飾がたくさん登場し、5000か所以上あるそうだ。

 

だから「五千頭の龍が昇る聖天宮」というキャッチコピーで売り出している。

 

 

 

前殿の内部に入ってみた。

 

 

 

入ったところで振り返ると、道教関係の人の像があった。

こんな感じで、前殿には高さ2.5mクラスの像があちこちに設置されている。

 

この人は四大天皇の一人、「魔礼紅(まれいこう)」さんであり、地震・洪水・暴風・火事を治めてくれるんだそうだ。

 

 

左側に立っているのは「魔礼青(まれいせい)」さんで、風を起こすことができるという。

あれ、右側の人と比べると、かなり能力弱くない?

しかも右側の人は暴風を鎮められるから、風属性で被ってるし。

たぶん四天王の中では最弱なのだろう。

 

 

天井を見上げると、またいろいろ敷き詰められている。

 

 

椅子も豪壮である。

固そうだけど。

 

 

神仙大集合な感じの絵。

 

 

目の前の盛大な建物が気になりますが、順路的にもまずは前殿をしっかり見ましょう。

 

 

こちら。

 

 

この部屋にも関羽っぽい人が何人かいる。

 

 

天井。

また凄まじい装飾の仕方である、油断できないな。

 

こんだけ作りこんでいるので、聖天宮の建設には15年も掛かっている。

 

 

台湾の貿易商である康國典という人が不治の病にかかったとき、道教最高神トリオである「三清神」にお祈りし続けたところ奇跡の回復を遂げたので、その感謝の念をもって建築した。

 

どこに建てようか考えていたところ、なぜか「坂戸の地に建てよ」とのお告げを受けたので、ここに作ったんだとさ。

本人は坂戸どころか日本と特に縁も無かったそうですが。

 

 

目の前の台は、おみくじ用となっています。

台湾風おみくじだそうです。

 

 

まずは本殿に向かって合掌・一礼をしたあと、この筒に入っている竹棒を引く。

すると竹に番号が書かれている。

 

 

次に、表に陽・裏に陰と手書きで書かれているホームメイドなこの「シンブエー」×2を、2つとも陽に揃えてから、床に落とす。

「陽・陰」の目が出れば、次のステップへ。

「陽・陽」はあいこなので、もう一回落とす。

「陰・陰」は最初からやり直し。

 

シンブエーを床に落とすと、かなり大きな乾いた音が響くので、ルールを知らない人が傍から見ると「あいつ何してんの・・」と疑わしい目を向けられることになります。

 

 

無事に「陽・陽」が出た貴方、おめでとうございます。

各棚に番号が振ってあるので、さきほど引いた竹に書いてあった番号の棚を開けましょう。

浅草寺スタイル。

 

 

ただし、1つ100円ね。

ここまで料金の事は一切書かれていなかったのに、おみくじを実際に開ける段階まで来て、課金制であることが明かされるのである。

「もしかして無料?」と喜んでここまで来ましたけどね、まぁそんなわけないわな。

 

 

 

椅子に座っておみくじを見ましょう。

かたそう。

 

 

本殿へ向かいます。

 

 

ご立派様ですねえ。

こんなんだから、ドラマ撮影のほか、コスプレイヤーの撮影会場でかなり利用されている模様。

むしろ公式HPでコスプレ撮影の募集をしているくらいである。

 

 

その手前に、龍の石像。

一枚岩を彫ったもので、九つの頭を持っている。

 

 

龍の爪の本数は強さを表しており、5指が最強らしい。

勝手に強い龍を描いたりすると、中国王朝では死刑宣告が待っていたそうな。

 

なお説明書きによると、日光東照宮の鳴き龍は3指であり、「徳川幕府による、明王朝への配慮」とのこと。

まぁつまらないプライドは捨てて、朱印船貿易で儲けましょうね。

 

 

本殿。

天井をみると、とても渦巻いている。

前殿もそうだが、天井は釘を一切使わずに、組み込みだけで構成されている。

実にオーガニック。

 

 

柱は石造。

日本最大である(と、ガイドさんが言っていた)。

 

まぁ日本にはチャイナコミュニティがあちこち潜んでいる割に、道教寺院自体を滅多に見ませんからねえ。

横浜中華街の関帝廟と入口の門くらいしか思いつかない。

 

 

これは天公炉、線香焚くところ。

天公というのは道教における最強神「天帝」を指している。

 

天帝は偉すぎるので、ここでやれることは天帝に感謝することのみである。

お願いなんかしてはいけない。

そんなことをしたらバチがあたります。

 

 

本殿の天井に注目が行き過ぎて、本殿の内部を撮影するのを忘れたのである。

アホですねぇ筆者。

ただ本殿は参拝エリアとそれ以外エリアがあって、参拝エリアでは撮影は出来ないので注意。

そういや宗教施設でしたね、完全に忘れてました申し訳。

 

隣接する休憩所はちゃんと収めております。

 

 

しゃれおつ。

悪い人達がここで待機してそう(香港映画並感)

 

 

お守り5000円もするのかよ、と思ったら、これは護符。

お守りと違って、年が変わるごとに交換する必要はなく、ずっと持っていて良い。

 

聖天宮の線香の煙に3回くぐらせると、その都度パワーアップする。

まるで魔装備。

ただ水にぬらすと効果がゼロになるので要注意。

 

 

 

本殿を見たので、入口方向にもどる。

 

 

その途中で、横に休憩所があったので。

 

 

休憩所にはいって右側部分。

これまでとは打って変わって、何の装飾も無い無機質さである。

さすがに内装まで金ぴかにすると落ち着く余裕がなくなるからか、それとも予算の都合だろうか。

 

 

左側部分。

 

 

自販機が置いてあるぞ。

 

 

なんだかウチの国の言葉ではありませんね。

 

 

どうも台湾の商品を販売しているようである。

なかなか凝っているな。

 

 

と思ったら、沖縄のもあった。

 

 

このままだと得体が知れず、客も尻込みしてしまうので、商品の説明が書かれています。

さっきのは八方粥という、麦や豆など8種類の穀物からなる粥だそうだ。

 

 

急にテンション上がってるけど、どうした?

 

 

私もひとつ買ってみました、豆漿(とうじゃん)。

豆乳みたいなもんなので、特にエッジは効いてませんが。

 

ブログ的にはさっきの八方粥のほうがインパクトあるけど、残念ながらお腹が空いてなかったのだ、すまんな。

 

 

ちなみに輸入品であっても日本語ラベルの貼り付けは義務付けられています(消費者庁からのお知らせ)

これが無いものはキワモノなので、気を付けるか、死んでも諦めよう!

 

 

奥にまだスペースがあるな。

 

 

また神様のイラスト。

 

 

特に何の説明もなく貼られていた写真だが、おそらく聖天宮の建設主夫妻であろう。

貿易商とはいえ、たいそうな財力をお持ちである。

 

個人でトンデモないもの作ったランキングで、国内トップテンには入るかもしれない。

1位は福井県の越前大仏ね。

 

 

階段があるのでのぼってみよう。

 

 

しかしえらく狭いな。

 

 

のぼりました。

前殿の両端に塔があったのを見たが、この塔がまさにそれである。

 

本殿向かって左側の塔であり、太鼓があるので太鼓の塔らしい。

急にストレートなネーミングになったな。

 

 

太鼓は上に吊るされているので叩けません。

機械仕掛けの時報になっており、定刻になるとドンドン鳴らされる。

 

 

 

廟もあるので、お参りしましょう。

 

 

外を見ると、クジャクの装飾が付いている。

もういい加減驚かなくなったが、それでも豪壮である。

 

 

反対側の塔へ。

 

 

聖天宮の木彫りの模型、もとい設計図であろうか。

モノクロだと結構おとなしいね。

 

 

こちらも登りました。

 

 

鐘の塔です。

これまた時報で鳴らされますが、狭い空間で聞くと太鼓以上に音が爆裂なので、鼓膜チャレンジする人以外は、時報時刻を避けて登るのが吉。

 

 

 

こちらは廟では無いのだな。

 

 

赤い垂れ幕が飾られており、それぞれに願い事が書かれている。

絵馬か。

 

 

 

その赤い布は、この塔の1Fに置かれていた。

自由に書いて、上階で括りつけて良いようである。

課金制ではない。

 

 

書き方はこちらをご覧ください。

願い事というよりは、達成したい目標を書く、ということらしい。

さっき「すごい美人と出会う」って書いてた布があったけど、君ちゃんと説明よまないから彼女できないのよ(どや顔)

 

 

 

「大学に合格するぞう」。

テンションの上がり方が昭和チックだなぁ。

1995年開設だから、平成にはいってるんだけどな。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】若葉駅からバス5分「戸宮交差点」下車、徒歩5分

【入館料】500円

【滞在時間】45分

【混雑度】★★★

【URL】

www.seitenkyu.com

日野宿本陣

 

ここは日野宿の本陣です。

五街道のひとつ、甲州街道の宿場町である。

 

 

新選組フレンズである佐藤彦五郎の屋敷が、本陣に充てられておったとさ。

地図を見てもらうと分かるが、佐藤彦五郎資料館とこの本陣は背中合わせになっている。

昔は同一の敷地だったのだろう。

 

 

本陣と名乗ってはいるが、正確には「脇本陣」であり、本陣のサブである。

 

日野には佐藤の家が2軒あり、西側の「上佐藤」の家が本陣を、東側の「下佐藤」の家が脇本陣を務めていたが、1849年に大火があって両方焼けてしまった。

脇本陣の方は1864年に佐藤彦五郎によって再築され、そのまま脇本陣が本陣として利用されていた。

 

その脇本陣がこれ。築150年以上たっているわけだ。

 

 

だから入口に堂々と「本陣」という看板を出しているのだが、敷地内に入ると「ここは脇本陣」という説明版が出てくるわけである。

ややこしいよ!

 

甲州街道で当時の本陣建物が現存しているのは、ここの他には大月の下花咲宿と、相模原の小原宿だけである。

相模原と言っても相模湖の方なので、横浜線では行けませんざんね~ん!

全国だと20か所ほどは現存しているようだ。

 

 

敷地に入ると、ご立派な正面玄関が見えます。

 

 

ただ正面玄関を使えるのは大名とか幕府の使いだけなので、一般のお客さんは脇の土間から入りましょうね。

 

 

入場料は200円です。

特に断らなければ、ガイドさんも付いてくれます。

 

 

靴を脱いで座敷に上がる。

 

 

見るからに記念撮影ゾーンだが、ここはスルーで。

 

案内を始める前に、ガイドさん「今日はこれまでどの資料館を回ってきたの?」

 

この質問は、雑談では無い。

周辺には新撰組関係の資料館が幾つもあるので、下手をすると説明内容が被ってしまう。

事前にこの質問をすることで、客たちが「ふ~ん、その内容もう知ってるけどね」とならないようにしているのである。

 

 

館内の間取り図はこちら。

さすが本陣扱いだけあって広い。

 

 

 

この先写真が暗いですが、外がすごく曇っていたうえに館内がめちゃめちゃ暗かったからです。

あと私の撮影技術がうんぬんかんぬんなので、ご了承ください。

 

 

 

ここが正面玄関。

大名クラスはここから上がれるよ。

 

 

 

玄関入って最初の部屋だが、ここは土方歳三の昼寝部屋に使われていたらしい。

ちょっと!玄関の正面で寝るなよ、大名と鉢合わせしたら斬られるぞ(大汗)

 

まぁ大名クラスの来客があるときは事前に分かっているので、さすがに土方も危ないチキン睡眠レースはやらなかったであろう。

 

 

 

隣の間は、大名の使い達が控えるところであった。

 

 

暗くてよくみえないが、書画の類が貼られている。

 

 

こっちは絵。

土方の長男が三味線浄瑠璃や俳句を得意としており、佐藤彦五郎も同様の趣味であったそうなので、その関連ネタでこういうものが置いてあるのだろう。

 

そうそう、土方家は若くして両親を亡くしているので、その長男や歳三は佐藤家に転がり込んでいたのだった。

 

 

釘隠しとして、コウモリの装飾が施されている。

夜行性のコウモリは、寝ずの番をして住人を守ってくれるものであり、ポジティブなイメージがあったそうな。

今では悪いイメージの方が先行しているが、きっとドラキュラ伯爵のせいである。

 

 

 

 

玄関入って一番右手の部屋は、市村鉄之助が逗留していたとのこと。

市村は歳三の部下であり(小姓?)、玉砕死直前の歳三から遺品を預かって、佐藤家に持ち帰ってきた人物である。

 

2年ほど滞在したそうだが、その後は地元の大垣に戻り、そこで病死したとも、西南戦争に西郷側で加わって戦死したともされている。

 

 

ここは上段の間であり、大名を通すところのはずですが、ガイドさん曰く「特にエピソードは無い」。

あれ、一番格式高いはずなのに。

 

 

床の間もさっぱりしてるなあ。

いちおう鎧おいてあるけど、ガイドさん「何もないと寂しいから置いてる」。

 

 

奥の廊下です。

 

 

玄関から正面奥にある部屋。

ここは当主である彦五郎のスペース。

 

 

広すぎない分、整理されている印象。

 

 

こっちの釘隠しはウサギ。

繁殖力が強いから、という理由だったはず(うろ覚え)。

 

主人の寝室にこの装飾がされているわけである。

昨日はお楽しみでしたね(ゲス顔)

 

 

他の記事でも書いたが、この佐藤家の敷地内に、天然理心流の道場があった。

井上源三郎の兄である松五郎を通じて、近藤周助をこの地に招聘。

 

天然理心流を継いだ近藤勇が、門下生である井上源三郎沖田総司土方歳三らと道場に入り浸っており、完全に「使い勝手のいい友達の家」状態である。

 

 

座敷部分はおしまい。

左奥のほうに、屋敷の昔の瓦とかの展示があるけど、撮影禁止なのでスルー。

 

 

ビデオコーナーもあります。

鞍馬天狗』でも見てってクレメンス。

まぁ映画版だと計46本あるらしいけど。

 

 

お土産もあるけど、やっぱり土方歳三一色である。

ここの屋敷の持ち主のことも、たまには商品化してあげてください(憐憫)

 

 

こういうのもあります。

 

 

庭に出ました。

 

 

白砂部分は入っちゃいけないようだ。

野良猫は悠々と通っていったけど。

 

今ではもう住宅街であるが、幕末当時は一面田畑だったそうな。

 

 

 

お屋敷の方。

 

 

最後にもう一度、正面玄関を眺めておしまい。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】日野駅から徒歩10分

【入館料】200円

【混雑度】★★(他に2~3人)

【滞在時間】40分

【URL】

shinsenr.jp

 

 

井上源三郎資料館

 

 

 

新選組シティである日野にある、井上源三郎資料館である。

佐藤彦五郎と同様、こちらも子孫の方が開いているもの。

 

 

佐藤彦五郎の方は完全に住宅の一部であったが、こちらは蔵を資料館としており、盛大に「誠」の文字まで写している。

住宅街の中にいきなりこれが現れるものだから、目立つ目立つ。

 

入館料は500円です。

 

 

 

館内撮影禁止なので、内装写真だけ日野市観光協会HPから引用。

井上源三郎資料館 - 日野市観光協会

木造板間で、雰囲気ありますねぇ。

 

以下は、資料館の解説員から聞いた話。

 

井上源三郎八王子千人同心の家に生まれた。

戦国時代、織田に敗れた武田の残党が八王子周辺に落ちてきており、そのあと関東にやってきた徳川家康甲府方面への守備のため、彼らを警備組織として整備したものが八王子千人同心

千人いたので「千人同心」である。

 

 

この千人同心、普段は農家なのだが非常時には武装するということで、半農民・半武士のような立ち位置だった。

幕府から俸禄も貰えたので、なかなか良い御身分である。

 

井上源三郎には、兄 松五郎がいた。

この松五郎、江戸にある近藤周助(近藤勇の父)の天然理心流に入っていたのだが、日野の方まで稽古に来てもらおうと思いつき、佐藤彦五郎の敷地に道場を設けさせた。

 

んでその道場に、源三郎を連れてって、入門させたと。

ちなみに沖田家は井上家の親戚にあたるので、沖田総司も松五郎に連れられて道場にいったとか。

 

(なにかのゲームのキャラになっているのだが、顔がオカマっぽい)

 

源三郎はすでに兄から剣術を習っていたので、「目録」という高いランクにすぐになれたそうな。

しかしそのあと、最高位である「極意皆伝」に至るまでに10年以上かかっている。

佐藤彦五郎は入門して4年半くらいでそこまで達しているんですが・・

 

源三郎はセンス型よりは努力型だったようで、「文武共に劣等」とかいう評価までされている。

ハリポタで言うとネビル・ロングボトムのポジションですね。きっと。

 

 

(ずいぶんモダンな新選組だな)

 

のちの新選組に繋がる「浪士組」に井上源三郎は加入。

ほんとは兄の松五郎が行きたかったらしいのだが、跡取りが家を離れるわけにはいかないので、弟の源三郎が応募したんだとさ。

 

この松五郎へ、源三郎や近藤らがたびたび手紙・贈り物をしており、館内の展示品になっている。

道場を日野に誘致した話もそうだが、解説は源三郎よりも松五郎に関しての方が多くて、むしろ松五郎資料館では無いかと思い出すレベル。

 

 

上洛後の話は知られている通りなので、割愛。

新選組としてバッサバッサ斬ってましたとさ(雑) 

 

ただ解説員から聞いた話で疑問に思ったのが、「新選組を取り立ててもらう上で、近藤や土方は百姓だから武士相手だと門前払いを食らうが、白河藩士の息子である沖田や、八王子千人同心である井上源三郎であれば、それなりの扱いを受けられるので、新選組結成に大きな役割を担った」。

 

あれ、千人同心って、俸禄は得ているけど所詮は百姓扱いなんじゃなかったっけ。

沖田は良いとして、源三郎を武士たちが同等扱いするとは思えないんだよなぁ。

まぁ人生いろいろ、説もいろいろってことで(政府見解)

 

 

ところで井上源三郎で検索すると、なぜか源三郎としてこの写真が出てくるんだけど、これは甥である井上泰之進である。

そもそも鳥羽伏見の戦いで、源三郎は40手前で戦死しているので、こんなオッサンにはなっていない。

源三郎=オッサンのイメージが付きそうなので、源三郎さんサイドは払拭に勤めるべし。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】日野駅から徒歩10分

【入館料】500円

【滞在時間】40分

【混雑度】★★★(館内に数人。ただ小さな部屋なので人口密度たかめ)

【URL】井上源三郎資料館ホームページ

 

 

佐藤彦五郎新選組資料館

 

佐藤彦五郎は新選組を金銭的にバックアップしていた人物。

日野宿の名主であり、嫁は土方歳三の姉である。

天然理心流の道場が佐藤家の敷地内にあり、近藤勇沖田総司など新選組の主要人物が入り浸っていたところ。

 

 

 

その佐藤家の子孫が、遺品を扱う資料館をやっているということで来てみたのだが。

住宅の展示場と見紛う風景がそこにあった。

 

 

 

看板たっているから間違いなくココなのだが、知らない民家に上がるようで大変入りづらい(焦燥)

入館料は500円。

あと開館日は月に2回ペースなので、公式HPから確認されたし。

 

(京都の茶器。土方歳三が、佐藤家に嫁いでいる姉に送ったもの)

 

館内は撮影禁止なので、日野市のHPから画像を引用しています。

佐藤彦五郎新選組資料館|日野市公式ホームページ

 

1863年に将軍 徳川家茂が上洛するのにあたって、警護隊を組織することになった。

この警護隊(浪士組)に近藤勇土方歳三らが応募して上方へ行き、そのあと新選組が結成されることになる。

佐藤彦五郎も行きたかったようだが、名主としての仕事を放りだすわけにはいかないので当地に残り、その代わりに金銭的に近藤らを支援していた。

 

(近藤が佐藤彦五郎に書き送った手紙。他にも沖田総司永倉新八土方歳三からの手紙が展示されている)

 

新選組連中も京都の方から佐藤彦五郎へ、ちょくちょく手紙を送っては、状況を知らせてきている。

いっしょに上洛したかった佐藤くんには嬉しい情報だったであろう。

まぁ近藤勇からの手紙は、だいたい金の無心であったようだが。

 

館内では解説員(佐藤家の人)が展示品について説明してくれるのだが、わりとエッジが効いている。

近藤勇はほぼ独学で書を習ったんだけれど、上手いでしょう。行間もしっかり等間隔になっている。あんな顔からは想像つかないね」

 

 

館内には一部、撮影可能ゾーンがある。

土方歳三近藤勇の写真が貼られていて、一緒に記念撮影ができるよ!

なお、佐藤彦五郎さんとは撮れないようです。

 

(ミニチュアの土方歳三

 

土方歳三は幼いころに両親を亡くしており、姉が嫁いだこの佐藤家に住んでいたとのこと。

上掲の茶器もそうだが、土方は京都で入手した高価な品を、姉や他の親戚に送ってくれたらしい。

 

 

そういう佐藤家と土方の繋がりがあったので、土方は函館での戦いで死ぬ直前、小間使いポジションの市村鉄之助に遺書を持たせて、佐藤家に届けさせている。

ただ佐藤家の人は市村鉄之助を知らないので、土方の使いであると分かるよう、土方自身の肖像写真を鉄之助に持たせていた。

 

この写真が土方をうつした唯一の写真であった。

新撰組副長として片っ端から討幕派を斬りまくっていた土方には、恐ろしいゴリラ男のようなイメージが巷間に広まっていたが、この写真の存在により「あれ、案外人間じゃね」と印象の改善に繋がったのである。

 

 

この市村鉄之助の話は、もとは佐藤家のみ知る部外秘だったが、司馬遼太郎が『燃えよ剣』で土方歳三ネタを取材していた時、初めて世間に口外したということらしい。

 

 

あと近藤勇が佐藤彦五郎のために注文した刀とか、近藤が所持していた銃とか、土方歳三が吹いたかもしれないし吹いてないかもしれない横笛とかいろいろあります。

 

そしてこちらはお土産コーナー。

 

 

オリジナルグッズそろえております。

だれがこの絵ハガキ書いたのだろう、佐藤家の子孫?

 

 

 

こっちは歳三シールだが、「様」まで付けてしまう熱狂ぶり。

彦五郎シールは無いようである。

直接のご先祖、扱いがかなり軽いが、まぁ商業的には仕方ないね(察し)

 

あと個人的におもしろかったのは、解説員さんのセリフ

「容赦なく敵を叩き斬る土方歳三は“鬼の歳三”と言われてましたが、現在の館長である佐藤福子も、家庭内では“鬼の福子”と呼ばれております。これ当館で一番大事なことです」

 

以上

 

 

 

【交通手段】日野駅から徒歩10分

【入館料】500円

【混雑度】★★★(館内に数人)

【滞在時間】30分

【URL】

sato-hikogorou.jimdo.com

 

 

さいたま水族館

 

 

埼玉県は海なし県ですが、だからと言って水族館を建ててはいけない理由など無いのだ。

羽生市にある羽生水郷公園の中に、それはあります。

 

 

 

入場料は310円。

新江ノ島水族館の1/7くらいの価格であろう。

たいへん良心的である。

まぁこっちはイルカのショーなんて無いけど。

 

 

 

 

入園すると、いきなり目の前に大きな池。

しかし意外と混んでいるな。

 

 

 

色あざやかな魚が泳いでおります。

 

 

 

鯉ってこんなにでかかったっけ?

 

 

池に居るのはこちらの4種。

いずれも鯉の1種。

金とか青とか錦とか、大きさもそうだが見た目ゴージャスなのばかり。

 

 

水面に浮いている白い塊は、エサです。

子供たちがあまりにもあげすぎたので、もう魚たちにはこれを食べる余力が残っていないようだ。

「ぜんぜんたべないよーこいつ」と憤慨しているお子様も見かけられた。

 

 

建物の中に入ります。

 

 

昔からある水族館、って感じの内装である。

 

 

 

入り口付近の水槽で泳いでいるのは、アユ。

イカのような香りがするらしいが、私が彼らをお目見えするときは、ほぼ火が通った状態なので、スイカらしさを感じたことは無いなぁ(しみじみ)

 

 

 

見学コーナーへ。

 

 

そのまえに、本日エサやりパフォーマンスがある魚たちを表示するホワイトボード。

 

 

「今日エサを食べる」ということだが、ここに載っていない魚は今日ご飯を食べられないってことだろうか。

 

 

お魚クイズコーナー。

 

 

問題が表に書いてあって、めくると答えがあるシステム。

 

 

自分の卵が美味しいアピール。

自虐ネタにもほどがある。

 

 

サワガニ。

わたしの たまご みたい?

 

 

ジャーンと派手に効果音を鳴らしている割には、矢印で捕捉しないと分からない塩梅。

良いセンスをお持ちのようで。

 

 

もういい加減さきにすすみますね。

 

(ニッコウイワナ

 

当たり前だが、海なし県なので海の魚はいらっしゃいません。

その代わり、埼玉県は利根川・荒川など巨大河川が流れているので、川の魚たちを取り上げているのがこの水族館である。

 

川魚いいよね。

見るのもいいけど、塩焼きが一番いい。

 

 

ニジマスはなぜか画面側を凝視している。

なんなの君ら。

 

 

サンショウウオ

こんなに巨大だっけ?と思ったら「チュウゴクオオサンショウウオ」というメイドインチャイナ。

世界最大の爬虫類である。

 

なぜか深谷市で発見されたらしい。

深谷産ではなくて、どうせ飼っていた輩が野放しにしたんだろうけど。

こんなんが近所の川を歩いていたらビビりますな。

 

 

ちょうどいい具合に住みかから出てきたギバチ。

ナマズの一種。

 

 

写真で見ると怪しさが満点。

 

 

なお先ほどから殆ど全ての魚に、ワシントン条約やらレッドリストやらと規制がかかっている様子。

よくこれだけ貴重な魚を集められましたね。

川魚は食用以外の需要が低いのだろうか。

 

 

 

ヌマチチブという魚。

秩父産?かと思ったら、ダボハゼ・ドンコの埼玉版の別名だった。

 

 

こちらは水族館のこれまでの展開。

 

 

1983年に開館した。

なんと一面のクソミドリ。

 

まぁ今でもそんなに変わってない気がするけど。

 

 

入口の外観。

どうして葉っぱの後ろから撮影したのかな?

 

 

ところどころキャラクターのコメント付き。

 

 

1991年。いつのまにか屋根がアーチ形になり、以前の公民館臭さがなくなっている。

 

 

1995年。

屋根にも「彩の国」の名称が入り、ダサイタマ脱却に向けて必至漕いでた時期である。

 

 

受付~水族館まで屋根が続くようになったので、濡れなくなりました。

公園入口~受付までは青い空だからずぶ濡れだけどな。

 

 

んで今の形になりました。

めでたしめでたし。

 

 

お次のゾーンは?

 

 

川に住む昆虫ゾーンだった。

有名なのはゲンゴロウだが、このミズカマキリも蜘蛛っぽくてなかなかのインパクト。

 

 

ヤゴ。

よくここからトンボになれましたね。

 

 

ヤゴの近くにはモロに腹を食い取られた魚が。

「お魚さんだ~」とハシャいでいた子供たちにショッキングを与える画像である。

 

 

気を取り直して、次はハゼを見ましょう。

 

 

あれ?ハゼってこんなんだったっけ。

 

 

オオウナギもあお向けになって死んでるぞ!

 

と思ったら、これはただ寝ているだけらしい。

 

 

ここからは外来種ゾーン。

これはオオクチバス

口が大きいのかな。

 

 

次はコクチバス

こっちの方が口大きくないか?

 

 

動物の森では「ゲドー」と蔑まれているブルーギル

これらは生態系を荒らす外来種だからね。

早く全部つかまえて、食べてしまいましょう。

 

 

 

やたら人が群がっているけど、なんだこれは。

 

 

カメやザリガニが放し飼いにされており、自由に触って良いゾーンであった。

 

 

ザリガニザリガニ。

 

 

ただ無慈悲な子供たちによってガンガンに掴まれ持ち上げられるカメたちに、わりと憐憫の情を覚えるのであった。

浦島太郎が見てたら【検閲により削除】なことになりかねない。

 

 

ヘビもいるのか!

 

置き物でした。

 

 

次は外来種でも、日本で暴れていない方々。

 

 

ヒゲがやたら長いのでネコ呼ばわりされているレッドテールキャット。

ナマズの仲間だが、アマゾンくらしの彼は性格が荒く、肉食系である。

 

 

アリゲーターガー

そこまで大きくないと思いきや、これが3mまで成長するらしい。

おーこわいこわい。

ワニではなくガーの一種ですが、肉食です。

 

 

いきなりちっぽけな魚になったが、これは埼玉県の県魚であるムサシトミヨ。

現在は熊谷周辺の元荒川上流にしか生息していない。

 

 

オスが巣にメスを連れ込むらしい。

うーむ、なかなか計算高い魚と言える。

 

 

こちらはムジナモという食虫植物。

水族館の近くに宝蔵寺沼という沼があるが、ここがムジナモの唯一の自生地である。

 

というわけでこちらは国の天然記念物、ムサシトミヨ君は県の天然記念物どまりです。

ざんね~ん。

 

 

ムジナモを思う存分みられるよ。

お子様たちは、動かない藻には興味は無いからね。

 

 

葉がトゲトゲしているが、これで虫を捕まえるのだと。

 

 

明るいところへ出ましたね。

 

 

ここからは金魚のゾーン。

この水族館では金魚の研究が盛んなようである。

 

 

金魚の歴史は4コマで説明できるよ。

簡単でよろしい。

 

 

 

オスとメスの見分け方の説明。

 

 

メスはオスに比べて、うしろの穴が丸いらしい。

わかりやすいね!

 

 

 

しかしオスにもうしろに穴があるのだ。

なにこれ、両性具有?

 

 

一風かわった金魚のご紹介。

赤と白のボディの「タンチョウ」。

タンチョウヅルに似ているとして、この名前になった。

ツルよりもニワトリを先に思い浮かべた方、私以外にもいるんじゃなかろうか。

 

 

ブリストルシュブンキン。

名前の通り、シュブンキンという金魚が、英国ブリストルで改良されたもの。

 

(写真うまく撮れたけど、名前忘れた)

 

突然変異や改良もとい魔改造を施して、様々な彩の金魚を生み出していったらしい。

 

 

「キラキラ」という、ついにキラキラネームを持った金魚まで登場。

 

 

こちらの名前はなんと「キンギョ」。

漢字で書くと「黄金魚」。

これこそが文字通りの金魚である、と声高らかに宣言している。

 

 

 

他にも、デメキンさんとか。

 

 

目の下に巨大な水泡を持っている「スイホウガン」もいます。

これ水泡割ったらどうなるの、死ぬの?

 

 

 

またまた金魚豆知識。

イタリアでは金魚を飼うルールが厳格で、ろ過機を付けろとか、金魚鉢はダメだとか法律で決まっているらしい。

 

細かいなぁ。

もうちょいその頭を財政方面に振り分けていれば、PIIGS扱いされなくてすんだんじゃないですかね。

 

 

金魚の寿命は10年~20年と、意外と長い。

ならどうして祭りの屋台で取ってきた金魚は翌日白くなっているのか疑問である。

 

 

 

建物の外に出ました。

 

 

入り口付近の鯉が泳いでいる池からは隔絶されて、違う池がある。

水面が濁っていて、良く見えない。

 

 

よこから見ると、チョウザメが泳いでいるのが見えた。

鯉とチョウザメを池で飼育する水族館、どうしてその発想になったのか。

 

 

チョウザメはいまだに雌雄の区別が外見からはつかないらしい。

だから3歳になるとお腹を開いて精巣・卵巣の有無を確認し、縫合して戻すんだそうな。

マッドサイエンスだなぁ。

 

 

 

建物の裏にも池。

かなり生い茂っているけど。

 

 

水面をよく見ると、けっこうたくさん泳いでいる。

 

 

なんと建物はもう一つあるのだ!

こちらは企画展。

もう疲れてきたので、軽く流しますね(老人)

 

 

このときはスズキの一種である、シクリッドについて。

 

 

シクリッドの特徴は、卵や子供を口の中に入れて育てるところ。

これぞマウスブリーダー!らしい。

 

 

シクリッドもいっぱい種類がいるようだが、サイズは小魚レベル。

これで口の中に大量に子供を含んでいるらしい。

 

 

マラウイのシクリッドの繁殖行為はかなり珍しい。

メスは産卵した卵を自らの口に入れる。

そしてペアになったオスに近づくと、オスは放精し、それをメスは口に入れて口内の卵と受精させる。

 

なんかいろいろとネタが思い浮かぶが、やめておきましょう。

 

 

そしてシクリッドそのものよりも私の興味を引いたのは、このシクリッドの絵である。

絶妙に腹が立つ表情をしている。

 

 

煽り画像とかに使えるんじゃなかろうか。

 

 

ついには訳分らんこと言い出した。

 

 

まぁもうちょいシクリッドの写真を撮っていきますかね。

と水槽を見たら、終末状態だった。

 

 

天使のように浮遊するシクリッドさんたち。

 

 

企画展おしまい。

さいごにお土産売り場を見ます。

 

 

 

潔いくらいに夜のお菓子をパクっている鮎パイ。

ちゃんと鮎エキスを入れているそうだが、それ舌で感知できるんですかね。

 

 

ロング菓子棒は、これまた川越の麩菓子の物まね。

 

 

ただあちらは麩菓子なのにたいし、こちらはピーナッツである。

開けた瞬間ばらばらに周囲に飛び散りそうなので、早食い対決は高難易度ですね。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】羽生駅からバス20分。運行日が決まっているので注意。

【入場料】310円

【滞在時間】2時間

【混雑度】★★★★

【URL】さいたま水族館

 

 

渋沢栄一記念館

 

深谷市にある渋沢栄一記念館です。

 

 

まるでパルテノン神殿のようだ、まぁ柱がでかいと全部そうみえるけど。

 

 

ずいぶん大きな博物館だと思ったのも束の間、入館すると資料室が左手にぽつん。

 

正確にはこの施設はコミュニティセンターのようであり、体育館が併設されている。

その中の一角に、資料室があるというわけ。

 

 

だから「記念館」ではなくて、そのまんま「資料室」と名乗った方が正しい。

これは景品表示法違反ですな(訴訟)

 

 

渋沢栄一の半生については渋沢史料館の記事で書いたので、ここでは気になったものをピックアップするにとどめます。

彼は藍玉の取引をする商家の生まれでしたね。

 

 

 

渋沢家が作成した、藍玉農家の番付。

藍玉農家が渋沢家を来訪したとき、この番付を見せて、「誰誰のところは良い藍玉を作るので大関、お前のところは微妙だから小結な!」とかやっていたようである。

 

記念館さんサイドによれば「優秀な農家を表彰することで、他の農家も奮起させた」旨の説明があったが、見方を変えれば大手卸売業者による中小製造元いじめとも捉えられますな(公正取引委員会

 

 

 

藍玉農家を裁くということで、行司は渋沢家。

「栄一郎」が渋沢栄一

番付作成時は23歳だった。

 

 

 

この地域では獅子舞イベントを毎年やっており、渋沢栄一も12歳の時に演者としてプレーした模様。

 

 

獅子舞といいながら、頭は竜の形をしているらしい。

獅子=龍(新説)

 

 

 

ふっかちゃんばかりが持てはやされる深谷市ですが、違うキャラもいるようです。

 

 

その名も「出世ぼーや」。

うーん、既にフラグがたってないかい?

 

 

渋沢が設立・経営に関わった会社の一覧ですが、多すぎる上に大企業ばかりなので、平民の私は委縮してしまいます(こなみ)

 

(財界を退いた後だというのに、東京市vs東京ガスの料金バトルの調停に引きずり出される渋沢氏)

 

いろんな企業・業種に関わりすぎたので、いずれかの分野で何か問題が起こるたびに、意見を求められたり、調停を任されたりするのであった。

これじゃあ休む暇どころか引退している暇もありませんね。

 

 

偉い人なので、とにかくサインもとい揮毫を求められた模様。

 

 

あちらこちらにありますな。

きっと記念館側は他にも隠し持っているだろう。

 

 

新聞記事。

 

 

なんと渋沢栄一が1000円紙幣になっていた可能性があるらしい。

伊藤博文との争いだったとなると、時代としては1963年のこと。

 

ヒゲのある肖像の方が偽造防止技術にとっては良いということで、伊藤博文になった。

功績とか人徳とかではなく、ヒゲの差。

現金だなぁ、現金だけに(審議中)

 

 

 

我慢できずに、渋沢の紙幣を作ってしまっている。

しかも千円札どころでは無く、10万円札。

開運や家内安全など、お守り要素さえ付け足している。

ずうずうしいぞ!笑

 

 

展示室の2Fにあがった。

 

 

またまた渋沢の書。

はいはい、字うまいの分かりましたって。

 

 

あとは渋沢の従兄にあたり、富岡製糸場の初代所長を務めた尾高淳忠の屋敷にあった、養蚕関係の資料。

 

資料と言っても尾高は商家だから、販売記録とか総勘定元帳とか、100%経理~な書類ばかりなのであった。

歴史好きの会計士くらいじゃないと興味もたれなさそうである。

 

 

出口はこちら。

 

 

と思ったら、渋沢の肉声の録音を聞けるらしい。

 

 

渋沢の場合は「栄一翁」と敬称が付けられることが多いのだが、この記念館はもう「栄一」と呼び捨てである。

なんとまぁ馴れ馴れしいざます。

 

 

その音声ブースがあるところ。

 

 

これがそれ。

ボタンを押すと、4分にわたる渋沢のトークが流れ出す。

 

83歳のときの講演なので滑舌もそうだが、当時(大正時代)の録音技術も相まって、何言ってんだか良く分からない音声になっておりますが、まぁ時代の雰囲気を感じ取ってください(まとめ)

 

 

 

DVDもありますので、1時間に1本の駅行きバスを逃したときにどうぞ。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】深谷駅からコミュニティバス

【入館料】無料

【滞在時間】30分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】

www.city.fukaya.saitama.jp

 

 

煉瓦史料館(日本煉瓦製造(株) 旧煉瓦製造施設)

 

深谷市には「日本煉瓦製造(株)」の煉瓦製造施設がある。

もう稼働はしていないが、明治時代の日本の発展を支えた施設と言うことで、国の重文指定を受けている。

 

 

入場料は無料。

まず受付をすると、徒歩1分程度のところにあるレンガ製造施設に案内してもらえる。

 

 

この資料館、土日しかやっておらず、最終入館時刻も早いので要注意。

 

 

 

製造施設へはここから入ります。

 

 

中に入ると、いきなり輪窯(わがま)がお出迎え。

この窯で、レンガの製造をしていた。

 

 

窯の中に入ります。

 

 

こんな感じ。

 

 

この空間にレンガの素を積み上げて、焼き上げていた。

 

 

壁のところどころには穴が開いている。

輪窯は木造建屋に覆われていたが、この穴は建屋2Fと繋がっており、上から燃料である粉炭を投入する。

 

 

 

いい感じに煤けてますねぇ。

 

 

窯には18区画存在し、1区画で18000個のレンガを焼成することができた。

一度焼き始めると、ノンストップで火を焚き続ける24時間営業制だったと。

 

 

建屋の3Fは、窯の余熱を利用して、レンガの素を乾燥するのに使われておった。

 

 

窯を見終わったら、資料館本館へ移動。

 

 

資料館を裏側から見た図。

日本煉瓦製造(株)の事務棟として使われていたもので、1888年に建築。

 

 

窯の見学から始まったので、まず日本煉瓦製造(株)ってなんだという話だが、これは明治時代の1887年に設立された会社である。

 

西欧諸国にナメられて不平等条約を結ばされていた明治政府は、列強と肩を並べるために、東京の近代化を図った。

「日比谷周辺をレンガ造りの建築物からなる近代的な官庁街にしよう」計画である。

 

(シャレオツな展示室)

 

というわけで大量のレンガが必要になったが、東京周辺の土は質がポンコツなので、レンガ製造にはふさわしくない。

というか、そもそもレンガ製造工場をつくる金がない。

 

困った明治政府は、いつもどおり大実業家 渋沢栄一に助言を乞う。

地元 深谷の土質が良好であることを知っていた渋沢は、深谷での工場建築をオススメ。

専門家が調査したところ土質は合格、資金も渋沢がその辺の実業家を捕まえてきて捻出させた

 

(右は会社の約款。左は株金の負担人名簿で、渋沢の名前が載っている)

 

こうして日本煉瓦製造(株)がスタート。

ドイツからお雇い外人を引っこ抜いてきて工場建築、機材もドイツからお取り寄せ。

 

 

さっき見てきた窯は、ドイツのホフマンという人が設計したので、「ホフマン式輪窯」と呼ばれている。

煙突たかいなー。

 

 

 

レンガの需要はめっちゃあったので、工場はじゃんじゃん拡大しました。

20世紀になると最盛期を迎えて、窯も6台が稼働。

さっきの窯は、6号機にあたります。

 

 

当時のお写真。

まさにレンガ工場都市な、大工場である。

 

そういうわけで深谷はネギだけでなく、レンガの街も標榜しております。

まぁあまりネギばかり強調してると、ネギくさい街だと思われるからね。

レンガで打ち消そう(提案)

 

 

隣の部屋。

 

 

工場で使用されていた道具類ですな。

 

 

産地を証明するため、レンガには焼きごてで印をつけるのが一般的。

この工場は上敷免(じょうしきめん)という土地にあるので、「上敷免製」という文字が刻まれた。

 

 

製造されたレンガいろいろ。

 

 

建築時にあまったレンガだろうか。

 

 

作業場っぽいところだが立ち入り禁止。

レンガ製作イベントでもやるのだろうか。

 

 

この工場のレンガで建築された建物の写真が飾られている。

これは司法省だが、建物は現存しており、法務省となっている。

 

明治時代の歴史ある建物で働いているのか、すごいなー法務省

でもさすがに内部はリフォームしないと、仕事にならなそうである。

 

 

赤坂離宮もそうですね。

 

 

横浜正金銀行(現 神奈川県立歴史博物館)も深谷産のレンガですが、赤レンガ倉庫は違うようです。

 

東京駅のレンガは有名な話なので割愛。

 

 

奥の廊下にはパネルずらずら。

 

 

このスペースは企画展用みたいだが、このときはレンガ工場から深谷駅まで繋いでいた専用鉄道について。

 

 

深谷には利根川が流れているので、江戸時代では舟運が盛んであった。

だからレンガ工場建築時も、舟運でレンガを東京まで運べば良いか、な考えであった。

 

 

実際、開業当初は舟運を利用していたのだが、1891年から碓氷トンネル(群馬-長野間)建築でのレンガ需要が大きくなったので、東京への舟運が一時期なくなった。

 

1892年にトンネルへの需要も終わり、また東京方面に販売しようかとなったとき、すでに船夫は散り散りになっており、船も老朽化していて、舟運はかなり廃れていた。

たった1年間しか経っていないのにこの変わりよう、舟運業貧弱すぎやしませんかね。

 

 

 

それに舟運業は天候や水量など自然条件に左右されて安定しないこともあるので、1883年に開業していた深谷駅までいっそ鉄道敷設して、陸路輸送に切り替えるかという案が出た。

 

ということで、工場側は敷設費用を渋沢にねだりに。

もともと渋沢は「川船のごときは文明の利器にあらず」と舟運を初っ端からメタクソにディスっていたので、費用負担を快諾。

会社が発行した社債をガンガン購入したのであった。

 

 

(線路が展示されている)

 

民間企業による鉄道としては日本初のものとして、1972年まで運行がなされた。

道路整備・トラック輸送が主流になったことで、終了しましたとさ。

 

 

(いろんなレンガの一覧)

 

前述の通り、レンガ工場の最盛期は20世紀初頭である。

しかし1923年に関東大震災がおこり、レンガ構造物はボロボロに崩壊した。

地震に弱いことが分かってしまったのである。

 

その後は地震に強い鉄筋コンクリートが主流となっていき、レンガ建築は衰退していった。

安価な外国産レンガの輸入が増加したこともあり、会社は2006年に閉業しましたとさ。

もののあはれですねぇ。

 

 

展示しているレンガには触れちゃいけませんよ。

 

ん?このふっかちゃん、どこか違うような・・

 

 

帽子に付いている文字が「ふ」ではなくて「ろ」になっている。

これじゃあ「ろっかちゃん」じゃないか。

新種である。

 

 

こちらが正しいふっかちゃん

ゆるキャラグランプリでは群馬の馬に次いで圧倒的なパワーを誇っている。

まぁこっちは深谷市全体で推しているわけだが、むこうは群馬県全体で推しており、規模の力で負けているから仕方ない。

というか、群馬県内の他のゆるキャラどうしたんだ。

 

 

 

レンガのペンダントもお土産で売ってるよ。

 

 

ちゃんと「上敷免製」と刻印されている、オーセンティック。

 

 

100円を寄付すれば、カードも貰える。

ダムカードといい、一辺倒にカードにしていますねえ。

 

 

 

あと資料館の裏手にもう一つ建物があって、こちらは変電室。

中に入れないし、分かりづらい位置にあるので、気づかずにスルーする観客が多そうである。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】深谷駅からコミュニティバス(本数僅少)

【入館料】無料

【滞在時間】60分

【混雑度】★★★(どの部屋にも数人。観光バスが来ることも)

【URL】

www.city.fukaya.saitama.jp