神奈川Cスポ探索日記

神奈川Cスポ探索日記

神奈川県内の観光スポット、って言えるかどうか微妙なスポットを巡っています

旧横浜ゴム平塚製造所記念館

 

平塚の八幡山公園には、明治時代に建築された洋館がある。

 

 

 

平塚駅から徒歩15分弱で、八幡山公園。

別に山ではない。平地。

 

 

 

1912年に、日本火薬製造(株)により建築された。

この会社は日本海軍と、英国の火薬製造系3社による合弁。

日露戦争では日英同盟により英国から火薬を輸入していたが、(国産しないと)いかんでしょ、ということで設立された会社である。

 

 

 

この平塚付近は広大な国有林があったが、もはや持て余していたので、火薬製造所を建てるのに丁度よかった。

 

 

 

 

洋館は右側で、管理棟は左。

その真ん中に入り口がある。

 

 

 

イギリス人技師を招いての火薬製造所の建設工事は1905年から始まり、よって彼らイギリス人のための住宅や食堂も作られた。

 

1911年に火事でそれら建物がボンバーしてしまったので、新たに建て直し。

そのうちの1棟が、この洋館だと言われている(伝聞)。

 

 

 

まず入って左手の部屋。

天井が結構高いので音響が良く、市民の音楽ホールみたいな形で利用されている。

実際この日も合唱団がワーワーワーしていた。

 

 

 

入口右手の部屋も、貸出用展示室な様子。

左側パネル落ちてるけど、多少はね。

 

 

なにか置いてある。

 

 

ハッシュタグっぽいのが印字されたシール。

hiratsukagood(be動詞ガン無視)。

 

このハッシュタグでインスタに平塚の写真を上げて、地元を盛り上げよう運動らしい。

地元のひと頑張ってクレメンス(旅行者並感)

 

 

 

奥右手の部屋は、洋館の資料室。

サイズ控えめ。

 

 

 

模型。

 

1919年から海軍に接収され、製造所一帯は火薬廠に。

本館は海軍将校の親睦団体「水交会」の娯楽施設として使われる。

 

しかし娯楽施設にしては小さいよなぁ。

ビリヤード1台はあったとされている。

 

 

 

ただ過去の写真を見ると、かつての規模は大きかった模様。

 

 

 

建物からはく離したと思われる残骸たち。

 

 

火薬廠の図面。

洋館の位置は、左下の矢印のあたり。

 

 

この①の場所にあった。

しかし海軍の施設だけあって巨大な敷地である。

 

 

 

最後の部屋は応接室。

 

 

この部屋は洋館って感じがする。

パンフレットにも「洋館の建築的魅力はこの部屋に尽くされている」とある。

他の部屋ェ。

 

 

 

ただ暖炉はフェイク。

 

 

 

奥のカーテンは1950年頃から現存するらしい年代物。

 

 

 

ソファーには座れます。

 

 

 

カーテンの裏を見ると、紐が付いている。

窓は上にあげて開けるという、JRの古い車両方式だが、そのときにこの紐が上下動する。

 

 

 

紐の反対側には、窓と同じ重さのこんなパイプが付けられている。

つまり紐の片側に窓、もう片側に同じ重量のパイプがあるので、窓を上げても落ちてこないということ。

 

何を言っているのかわからねえと(以下略)

 

 

 

 海軍時代の応接室の様子。

 

戦後は米軍に接収された後、タイヤメーカーの横浜ゴムに払い下げられ、これまた応接室などに使われていた。

2004年に横浜ゴムから平塚市に寄付があり、それを解体して八幡山公園に再築して現在の洋館になっている。

 

 

 

応接室の窓は外から見ると、他の窓と違ってデザインが施されている。

 

wikipediaによると、横浜ゴムさんサイドは「もう老朽化しているから壊したい」状態だったらしいが、市内で唯一の明治時代建築であったため、平塚市側が寄付を要請したとのこと。

 

引き継いだ時にはボロボロだったらしいから、解体移築する際にダメになっている材料は処分して新しいものに取り換えたので、明治建築の割には建物が古くない感じがして、正直ありがたみが薄れるところ(無茶ぶり)。

 

 

 

隣には巨大な慰霊碑があります。

 

横浜ゴムの建物としてより、火薬製造所や火薬廠としての存在の方が大きい気がするのだが、それでも「旧横浜ゴム」と正式名称に企業名が入っているのは、横浜ゴムさんサイドからの寄付の条件だったのかしら。

 

 

 

以上。

 

 

【交通手段】平塚駅から徒歩15分

【滞在時間】20分

【混雑度】★(誰もいない)

【入館料】無料

【URL】

hiratsuka-yokan1906.jp

 

 

箱根マイセンアンティーク美術館

 

箱根の強羅にあるマイセンアンティーク美術館は、マイセン磁器を展示する美術館である。

 

 

 

強羅駅から徒歩15分程度。

交通の便は良くないが、その代わりごちゃごちゃした人混みは無い。

 

建物は、戦後に日銀総裁や大蔵大臣を務めた一萬田尚登の所有していた東京の青山邸が移設されたもの。

大正~昭和初期の建築らしく、ところどころ補強はされているが、建築当時の状態をできる限り保持している模様。

 

 

 

 

訪問時はクッソ雪まみれで見れなかったけど、庭園が整備されている。

2011年にビフォアフターに出演して、造園したらしい。

右手前のは足湯。

 

 

 

館内は撮影禁止。

なので例によって例のごとく、以下の写真は公式HPやマイセンHPなどから持ってきたもの。

 

 

 

マイセンというのは、上述の通りドイツのマイセン地方で生産される磁器だが、西欧磁器の頂点に立っている銘柄である。

すごいやろ(同調圧力

 

 

 

マイセン磁器は、ドイツ国立マイセン磁器製作所により独占製造され、日本では総代理店が輸入して各販売者に卸されるようである。

高品質を保つため、徹底して贋作防止をしている。

 

というわけで、どう考えてもお高いんでしょう(確信)。

そのせいか、この美術館の入場料は1600円と破格である。

 

 

 

2本の刃が交わるマークが、マイセン磁器の印である。

磁器はすべて手作りされており、このマークも手で記入されている。

数字が書いてあったりするが、これは製作年や絵付師の番号なんだと。

 

 

 

館内の様子。

2F建てであり、各展示室にはマイセン製作のマイスターたちの名前が付けられている。

 

 

www.meissen-jp.com

 

マイセン磁器の歴史については、日本総代理店のHPで漫画で紹介されているが、簡単な事だけ抜粋。

 

 

 

マイセン磁器の誕生は、ザクセン選帝侯ポーランドリトアニア国王だったアウグスト強王による。

17世紀、中国や日本から渡った白い磁器は大人気だったが、あちらでは製造方法が分かっていなかった。

アウグスト強王はその製造方法を探っていた。

 

ちなみに何故「強王」なのかというと、馬鹿力だったからで、馬の蹄鉄を素手でへし折るのが得意技であった。

WWE参戦不可避。

 

 

 

白羽の矢が立ったのが、錬金術師であるベドガー当時20代。

 

錬金術師って時点でもう何を言っているのか分からねえが、案の定ほら吹きであり、それが原因でベルリンを追放されてきたところを、アウグスト強王が拾ったのである。

 

 

 

まぁしかしこのベドガーは、見事に磁器の製造方法を発見。

これで勝つる!と思ったが、技術を独占したいアウグスト強王はベドガーをマイセン城郭に幽閉。

いろいろショック過ぎてベドガーは37歳で没する。

 

 

 

そんなことは関係なく、アウグスト強王は国内外から技術者を集め、マイセン磁器はじゃんじゃん発展していき、今日に至るんだとさ。

ちゃんちゃんこ

 

なおアウグスト強王は馬鹿力だけでなく馬鹿性欲だったようで、妾をあちらこちらに作り、子供の数は300人を超えると言われている(呆れ)

 

 

 

磁器の絵柄としては中国的なものが人気であり、ドラゴンは定番。

ドラゴンは西欧では「空飛ぶ鹿」と呼ばれていた。弱そう。

 

 

 

チャイナ趣味は「シノワズリー」と呼ばれ、美術館にもシノワズリー的なお部屋がある。

どう見ても和風です、本当に(以下略)。

 

 

 

マイセン磁器は皿などの器にとどまらず、人形や芸術品としても製作されている。

この「スノーボール」は美術館イチオシの作品の様子。

 

 

 

あと黒い華という珍しいデザインの食器が印象に残った。

これは18世紀後半のマイセンを主導したグラーフ・マルコリーニが製作したもの。

 

強羅駅前に、この美術館系列のショップがあるけど、店の名前はこのマルコリーニから取られている。

 

 

そして東京の品川にも美術館系列のレストラン&ショップがある。

ただ完全会員制&予約制であり、入会金は10000円。

そりゃ近くにプリンスホテルとかあるし、妙齢のマダムとかが集まるんでしょうきっと(貧並感)。

 

 

あと展示作品は、美術館オーナーである村田朱実子氏のコレクションなんだけど、この人のこと調べても経歴が全然出てこないのよね。

美術館の建物が財閥関係者所有だったことから、どこぞやの令嬢かしら。

情報の提供お待ちしております(棒)。

 

 

以上

 

 

【交通手段】強羅駅から徒歩15分

【入館料】1600円

【滞在時間】45分

【混雑度】★(誰もいない)

【URL】箱根マイセンアンティーク美術館

 

神奈川県立生命の星・地球博物館

 

ここは神奈川県による、地球を記念する博物館である。

 

 

 

箱根登山鉄道入生田駅から高架橋を歩いてくると、この巨大な建物が目に入る。

さっすが神奈川、金もってまんなあ(エセ関西人)

 

 

 

入館。いきなり巨大な骨がお出迎え。

 

 

 

入口左手がお土産コーナー&企画展ブース。

右手に行くと券売機があるので、そこで入館券を購入する。

 

 

 

天井の装飾も、ふつくしい

 

 

魚の骨と、映像資料。

 

 

 

顔がいかつすぎる

ギョギョ!

 

 

 

映像資料では寒冷地のオッサンと、全身白タイツが何かやってる。

 

 

 

右手奥にはデカいグリズリーっぽいのと、ミュージアムシアター。

シアターは様々な内容を15分1本で上映しており、全部見ようとするとそれだけで1日を費やすレベルなので、今回はスルー。

 

 

展示室へ。

いきなり大宇宙である。

 

 

 

月のクレーターや隕石ゾーンであるらしい。

 

 

 

 

隕石いろいろ。

展示解説によると、隕石は「宇宙からの贈り物」であるらしい。

 

 

 

隕石が地表に落ちたときの図。

 

 

猛烈な速度で地表にぶつかるので、岩石は熱で溶けてしまい雲と化し、この世の終わりみたいな情景になっている。

とんだ贈り物である。

 

 

 

溶けてしまった岩石は、結局また冷えて固まるが、それがこのテクタイト。

暗いので良く見えないが、ガラスみたいな見た目になる。

 

 

続いて地球の誕生ゾーン。

 

まぁ原始太陽の周辺の気体が冷えて固体になって、その固体同士でぶつかっては結合して大きくなっていき、地球になりましたってこと(中並感)

 

 

 

まだまだ岩石コーナーは続くよ!

あんたも好きねえ。

 

 

 

ニョキニョキ生えているのは、熱水の吹き出しで作られた石灰岩ごとトラバーチン。

 

 

 

変な岩石コーナー。

これはリチア電気石で、結晶のこと。

それよりも糸状のやつの方が気になる。

 

 

 

これは方解石。

花とかイソギンチャクに見えるが、犬の牙ということにされている。

 

 

 

別verの方解石。

形が崩壊石()。

 

 

 

アンモナイトの化石群。

ようやく生命の誕生である。

 

 

ウミユリは、ヒトデやウニの仲間。

どちらかというとクラゲに見える。

 

 

 

長かった岩石ゾーンを抜け、本格的に生命ゾーンへ。

 

 

 

 

でも白骨化してた。

 

 

QRコードで解説が聞ける模様。

その前にこの恐竜の作画は怪しい。特に腕。

 

 

 

魚いっぱい。

 

 

ながいなあ(ボキャ貧)

 

 

シイラは食用ではあるが、シイラを食べない国では、味の評価は高くないらしい。

そして星座のカジキ座は、もともとシイラを意味していたのに、なぜかカジキに名前を取られてしまった。

きっと顔が不細工なせいだろう(適当)

 

 

 

動物のはく製ゾーンに突入。

 

 

 

問題です。

 

 

 

正解はこちら。

首の骨の数だけなら、みんな友達である。

 

 

 

次のゾーンはなんでしょうか?

 

 

 

ギャー!

 

 

ギャギャー!

 

 

ウギャー!!!

 

 

 

気を取り直して、どんぐりとそれを食べるもの達の話。

 

てか、なぜゴキブリをNEWとして付け加えたのだろうか。

悪意としか思えない。

 

 

 

ちなみに、どんぐりもただ食われるだけでなく、いちおう防衛策は取っているらしい。

実のなる年とならない年を数年おきに繰り返すという、一人っ子政策みたいなことをやっている。

 

 

 

エスカレーターで一気に3Fへ。

 

 

 

この階は、神奈川県の自然コーナーである。

 

 

丹沢のあたりは伊豆と一緒で、大昔は別の島だったのが、衝突して本州と化したらしい。

はえーすっご。

 

 

お魚コーナー。

 

 

いろいろ遊び心があるようで。

 

 

ヨコハマナガゴミムシという虫は絶滅の危機に瀕しているらしい。

でもゴミ虫だからね、しょうがないね(ゲス顔)

 

 

突然ハイテクになった。

 

 

エネルギー関連のゾーンだが、ここまで2時間近くたっているので、もうあんまり文字を読みたくない(老並感)

 

 

 

パソコンルームは実習にでも使うのだろうか。

 

 

 

ジャンボブックのコーナー。

 

 

ただ単にデカい本を飾っているのではなくて、生物に関するトリビア的なことを展示している。

 

 

でもなんでまた虫を並べるんですかねえ。

 

 

 

 

タラバガニってカニじゃなくて、ヤドカリの仲間らしい。

カニにはヤドカリ産を使用したのかな?(異物混入)

 

 

 

キノコ。

 

 

食べたら死にそう。

 

 

こっちも死にそうかと思いきや、中国では高級食材らしい。

さすが中国(遠い目)

 

 

 

いきなりホラーゾーン。

人類の骨を比べてみよう、だと。

 

 

よくわからん奴ら。

 

 

体験コーナーがある様子。

 

 

ジャンボブックゾーンはおしまいで、3Fから2Fに降りてくる。

2Fは図書館になっている。

 

 

 

古民家の構造は蜂が住みやすいため、昔は双方が共存していたという模型。

 

 

 

でもこんだけ蜂いたら、共存どころでは無いと思うんですが(当然の疑問)

 

 

 

渡り廊下を通って向こう側に行き、階段を下りて1Fへ戻っておしまい。

 

 

渡り廊下からの景色。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】入生田駅から徒歩5分

【入館料】520円

【混雑度】★★★(一部屋に2~3人)

【滞在時間】2時間

【URL】神奈川県立生命の星・地球博物館

 

 

箱根武士の里美術館

 

箱根の仙石原にあるのが、武士の里美術館である。

「ぶし」ではなくて「もののふ」である(戦国無双並感)

 

 

 

 

小田原の古美術商である甲酔堂の店主 林安人が蒐集した武家工芸品を展示している。

 

 

 

 

甲冑や武具がメインであるが、所蔵品は1000点を超えているそうで、展示品は幅広い。

 

なお館内は撮影禁止なので、箱根町観光協会HPの画像を切ったり貼ったり。

あと展示品と同類のものを、参考として載せています。

というわけで、美術館にある物と同じ物の写真を掲載しているわけでないので、要注意

 

 

 

観光協会HPから)

 

入口はいると、いきなりお土産売り場。

そして所狭しと品物が敷き詰められているが、これがこの美術館の特徴ではある。

 

この左手にカウンターがあり、そこで入館料800円を払って、展示室へ。

 

 

観光協会HPから) 

 

展示品として一番多かったのは、前述の通り甲冑である。

 

甲冑とは、戦場における武士の晴れ着であり、また死に装束でもあるので、まさにその人の気概や個性を表した工芸品である。らしい。

 

 

 

とにかく展示品は豊富なので、印象に残ったものを挙げていく。

 

これは長烏帽子形兜であり、加藤清正が着用していることで有名。

どう見ても無駄なレベルで、頭がとんがっている。

ヘディング強そう(小並)。

 

 

 

顔当てに、ヒゲのようなものが付いている。

ヒゲ効果によって、なんか強そうに見えるという、視覚的効果を狙っているらしい。

白いとシェービングクリームにも見える(弱そう)

 

 

 

胴には家紋を描いている。

これで敵味方の区別を分かりやすくするらしい。

的にもなりそうだが。

 

 

 

しかし戦国時代の火縄銃は精度が低く、腹に大きく的を描いていたにもかかわらず、弾は的中しなかった模様。

そして100m以上離れていれば、撃たれたとしても鎧で弾かれるという軟弱さ。

銃声だけは巨大だったため、威嚇用として使われるに過ぎなかった。

 

それを武器として改革したのが、長篠の戦いだったんだとさ。

 

 

 

武田家関係の所蔵品が多めだったが、この赤装束も武田一味である。

赤ヘルの登場である。

 

 

観光協会HPから) 

 

このやたら長い刀は、斬馬刀。

 

歴史は中国の前漢時代まで遡る。

敵が騎馬に乗っているとき、その敵に届かせるためリーチを長くした刀である。

騎馬兵対策、という意味で「斬馬刀」というのが語源らしい。

 

別に馬を斬り殺したり(動物愛護法違反)、馬もろとも敵を短冊切りにしたりするわけではない。

馬の脚を薙ぎ払って相手をコケさせるのはあったらしいが。

 

 

 

ちなみにこの人が持っているのは斬馬刀らしいが、馬の脚をコケさせるにはどう考えてもオーバーキルである。

 

 

 

日本海軍が守り刀として気に入っていた品が、「波平」らしい

平安時代に起源をもつ刀工の一派であり、写真のように反り深いのが特徴。

 

なお「なみへい」ではなくて、「なみのひら」である。

 

 

 

鍔もいろいろあった。

車のボンネットとかに付いてそうなシャレオツである。

 

 

 

あと目についたのは、能面。

2Fの展示室にあがると、ずらーっと能面が並べられてた。

たぶん子供とか泣きだす。

 

般若って、女性の恨みを表した面なのね。

女性の怨みってこわいなー、とづまりすとこ。

 

 

 

美人の面(古代)。

 

 

とまぁ、こんな風に中世以前の工芸品がどかどか並んでいる感じ。

 

ただ小田原の古美術商の本店では、武具関係はもう扱わなくなった模様。

品切れになったのだろうか。

 

 

あと甲冑の試着ができるけど、館内では撮影禁止だから、写真は「外で心ゆくまで」やってくれと貼り紙があった。

この時期では凍死不可避。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】強羅駅からバス20分「湿生花園」目の前。

【入館料】800円

【滞在時間】30分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】

www.hakone.or.jp

 

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箱根北原おもちゃミュージアム

 

箱根湯本に、北原照久のコレクションを飾ったおもちゃミュージアムがある。

 

 

 

箱根湯本駅から徒歩5分程度だが、この辺のスポットを回る無料バスもある。

駅からここまでは結構きつい上り坂なので、行きはバス利用の方が良いかもしれない。

 

2館構成であり、左側が①で右側が②。

 

 

 

どっちの館でも受け付け出来るけど、順路通り①から。

 

入館料は2館共通で1300円。

同じ北原照久シリーズである「横浜ブリキのおもちゃ博物館」は入館料200円であり、けっこうな差があるが、観光地ということで多少はね?

 

 

 

鉄人28号がお出迎え。

 

 

 

受付を通って最初の展示室へ。

予想通りの、ブリキのおもちゃコレクションである。

 

なお相変わらず逆光しまくりの写真ばかりになってますが、申し訳ナス。

 

 

 

まずは明治~昭和までのブリキのおもちゃたち。

おもちゃミュージアムは写真撮り放題なのが嬉しいところである。

 

 

 

アメリカ人の額にハチが乗っている「好人物」。

ハチは日本を表しており、ちっぽけな日本が暴れたところでアメリカは気にしないという風刺であるらしい。

 

 

 

時代を感じさせる兵隊さん。

 

 

これまた時代を感じる近未来もの。

 

 

 

小田急もしっかり宣伝しています。

 

 

部屋の真ん中にあるバイク。

 

 

これだけはおもちゃでなく、本当にバイクだった

 

 

 

 

2Fへ。

 

 

ダンボではなくて、マンボ。

これならディズニーは気づかないと思ったのだろうか。

 

 

 

お馴染みの、シンバルもった猿

 

 

昔のミッキーは、中国も驚きのクオリティである。

 

 

ハチミツ食べるどころか、ハチミツに浸かっているプーさん。

 

 

 

みなさん、だいぶお変わりになられたようで。

 

 

 

大量の人形(焦燥)。

 

 

白い人たちだけでなくて、アフリカンな方々もいます。

 

 

やけにいかつい赤ん坊たち。

 

 

「忠実なる犬」

忠実要素はありましたか(すっとぼけ)。

 

 

 

フロアの真ん中あたりに、北原照久氏のインタビュー映像。

 

ブリキのおもちゃ集めが高じて横浜山手にミュージアムを作ったのが、大ヒット。

全国に同様のミュージアムを開設し、好事家があっという間に実業家になってしまったのだと。

 

 

 

2F奥の方はアメコミなど海外作品もの。

 

 

 

サンダ~バ~ド~。

 

 

 

蛍光灯では無くて、ライトセーバー

 

 

 

1Fに降りたら、お土産コーナー。

 

 

ウナギイヌのケース。

 

 

でも中に置いてある商品は全然違った。

 

 

 

2館目へ。

 

 

 

こちらは企画展であり、このときはミニチュア展だった。

 

 

 

舞台は、昭和や大正など、昔懐かしな時代が多め。

クリエイターらによる展覧会である。

 

 

 

原稿を散らかしているのは、江戸川乱歩らしい。

左側の編集者に追われているというネタ付き。

 

 

 

とにかくミニチュアハウスが続くので、以下だらだら貼ります。

 

 

 

豆腐屋。

 

 

店番の婆さんは爆睡中。

 

 

 

路地裏。

 

 

 

 

正統派ドールハウスげなやつ。

 

 

 

 

ニューヨークの廃墟じみた高層ビルの間にぽつんとある北原おもちゃミュージアム、という設定。

 

 

 

こちらも仮想ミュージアムだが、横浜のおもちゃミュージアムと似ている。

 

 

 

これは実在の、北原照久の別荘である。

 

 

 

もとは宮家の所有であり、8億円もしたそうだ。

おもちゃって儲かりまんなあ(小並)。

 

 

 

映像コーナーでは、機械仕掛けで動くおもちゃの展示。

 

 

このおもちゃでは、右側に女性が横たわり、その左側に電気ノコギリがある。

機械が動くと、女性が電ノコの方に流されて処刑されるという、だいぶろくでもない展開。

 

 

 

最後のゾーン。

 

 

まずは巨大なキューピー。

なにか企んでいる感じの目をしている。

 

 

 

昔のレコードやCDがずらずら。

 

 

 

古い人も居れば、まだ現役の人も居ます。

 

 

 

レコードで埋まらなかったスペースには、おもちゃを敷き詰めている。

 

これにて2号館もおしまい。

 

 

 

想像以上にボリュームがあるので、観光地設定の入場料でもまぁ納得というところ。

しかし同様のミュージアムを全国に建てているので、北原氏のコレクションの多さには呆れる驚くばかりである。

 

以上。

 

 

【交通手段】箱根湯本駅から徒歩5分

【入館料】1300円

【混雑度】★★★(一部屋に数人)

【滞在時間】60分

【URL】箱根北原ミュージアム/トップ

 

 

深澤銭洗弁天

 

箱根登山鉄道塔ノ沢駅には、銭洗弁天がある。

 

 

 

社があるのは箱根湯本方面のホーム。

湯本方面から来た人は、あの階段を登って上り線側のホームへ。

 

グーグルマップだと湯本駅から塔ノ沢まで徒歩15分ってあるんだけど、完全に山の中だから15分じゃ着かない気がする。

 

 

 

この銭洗弁天は、松井証券の創業者である松井房吉が建てたもの。

夢枕に白い蛇が現れたことがキッカケなんだと。

 

 

 

なんで蛇の夢を見て弁才天になるのかというと、蛇は弁才天の使いだったり、弁才天が蛇そのものだったりするからである。

 

もともとインドでは弁才天は川の神様。

一方、日本では蛇は湿地に生息してネズミなどの害虫を食べるので、水神として崇められたりしていたらしい。

それで両方の信仰が結びついて、蛇=弁才天という繋がりになったんだと。

 

 

 

また蛇=竜という考えもされていたため、手水は竜である。

 

 

 

手水は2か所あったんだけど、もう片方はずいぶんと簡素である。

 

 

 

伊勢原の比々多神社にもあった絵。

当時の神社界で流行った絵なのだろうか。

 

 

 

本堂。

 

 

 

 

なぜかカエルの石像がたくさん。

 

蛇を祀る神社だから、蛇にエサとして捧げる用なんだろうか(無慈悲)

 

 

 

沢の水を引いているので、たいへん水気のある神社である。

足を踏み外したら即死。

 

 

 

 

奥の方へ。

 

 

 

5mほどで、中宮

 

 

 

 

ちなみに冒頭で話した松井房吉だが、この人は凄腕の投資家であった。

1920年に株価が大暴落した際、投資家の中でただ一人その変動を読み切って巨万の富を築き、日本橋兜町でその名を恐れられたという。

 

 

 

塔ノ沢駅前に福住楼という旅館があり、そこへ松井房吉は毎週のように通っていたらしい。

蛇の夢も、そこで見たのだろうか。

 

なおこの旅館は1泊25,000円以上する高級旅館である。

やっぱ投資家ってクソやな(貧並感)

 

 

 

その松井氏も、2次大戦終戦時には持っていた株券が紙くずになってしまい、所有する不動産以外には財産が無い状態になってしまったという。

仕方ないね(ゲス顔)

 

 

 

それで、こちらが奥宮。

 

 

 

玉子を捧げると、その玉子が薬に変化するらしい。

なんということでしょう。

大涌谷黒玉子をそのまま捧げれば良いと思われる。

 

 

 

奥宮の参道の脇には、池。

水がとても澄んでいる。

 

 

 

キングボンビーみたいなのが居る。

 

ここで銭を洗って、その銭を使うと、お金持ちになれるらしい。

さっそく、ホームの売店でお札を買いましょうね(販促)

 

 

 

以上。

 

 

【交通手段】塔ノ沢駅構内

【入場料】無料

【混雑度】★★(他に2~3人)

【滞在時間】20分

【URL】

www.hakoneyumoto.com

 

 

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横浜市八聖殿郷土資料館

 

八聖殿郷土資料館は、横浜市本牧にある郷土資料館である。

 

 

 

この建物は、政治家である安達謙蔵が別荘として建築したもの。

 

安達は熊本藩士の家に生まれ、1902年に衆議院に初当選すると、それから14回連続当選。

所属した政党では選挙対策役を務めて勝利を導きまくったため、かの徳富蘇峰くんからは「選挙の神様」と呼ばれている。

 

「憲政の神様」とか「選挙の神様」とか、神様が多い時代である。

 

 

 

 

この八聖殿、みるからに変な形をしているが、これは法隆寺の夢殿という建物を模倣しているという。

 

 

 

これが法隆寺の夢殿。

どりーむ。

 

 

 

玄関。

 

別荘として使われたのは1F部分で、2F部分は講堂であったり、また精神修養の場として利用されたという。

精神修養?

 

 

 

安達は長期にわたって憲政会および後身の民政党という政党に所属して辣腕をふるっていたが、この別荘ができる前年の1932年は彼がその民政党から追われて脱党した年であった。

 

当時は軍部が台頭していた時期であり、それを不穏に思った安達は対立政党の政友会と結んで挙国一致内閣を作り、軍を抑えようと画策した。

しかし音楽性の違いのため構想は頓挫して、安達の権威も失墜する。

 

 

 

1Fの写真。

 

そのあと安達は政治の中枢から外れ、そのまま1942年に議員を引退。

 

そういう時期なので、メンタルを落ち着かせるために精神修養していたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない(投げやり)。

ただ1937年には早くも横浜市に寄贈されており、わずか4年しか本人に使われていない。

 

 

 

郷土資料館として整備されたのは1973年とのこと。

それまでどうしていたのかは知らないが、ともかく郷土資料館らしく横浜の歴史を飾っている。

 

 

 

横浜はとにかく埋め立てまくっている土地なので、当時このあたりは岬だったらしい。

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だから別荘として使われていたのだと。

 

 

 

これが1949年の航空写真。

真ん中下段に張り紙ついているが、これが八聖殿の位置。

 

 

 

これが1997年。

さあ、海が余ってる子は、どんどん埋め立てちゃおうねー

 

 

 

ちなみに八聖殿の裏の丘から海方面をみるとこんな感じ。

工場萌えする人以外はあまり得しない風景である。

 

 

 

埋め立てネタはいくつか。

これは横浜市金沢のあたりのbefore

 

 

after。

なんということでしょう。

 

 

 

埋め立てネタで一番ポピュラーなのが、吉田新田。

関内のあたりは入江だったが、江戸時代に吉田さんが埋め立てちゃった。

 

 

 

埋め立ての経緯。

 

 

完成。

真ん中オレンジ部分に外国人を閉じ込めておき、本土に上がるには関所を通らないといけない。

こうして外国人居留地は関所の内側=関内、という地名の出来上がり。

 

 

 

というわけで昔は海だったので、この辺の住民は漁師であった。

 

 

 

 

漁に使われる道具たち。

 

 

 

郷土資料館って農具は沢山置いてあるけど、海関係の道具はあまり見ないな。

 

 

貝の中身を取るのに使う包丁。

便利そう。

 

 

 

船。

五郎丸と書いてあるが、ラグビー人とは関係ないと思われる。

 

 

 

突然のオルガン。

 

 

上にはまた何故かトトロ。

 

 

 

1Fのもう一つの部屋。

 

 

パズル。

誰か途中で諦めたらしい。

 

 

 

ここは海苔特集。

本牧では海苔をよく作っていたらしい。

 

 

 

海苔づくりの道具たち。

 

 

作り方まで書いてあった。

なんでも、海苔の胞子は冬になると海から勝手に海上へ上ってくるので、網を張ってその胞子を捕まえて育てるらしい。

 

 

 

光の反射で見えづらいが、海苔を捕まえる網の模型。

左側に付着している黒いのが、海苔だと思われる。

 

 

そのあとは海苔がちゃんと育つように注意しつつ、収穫。

網を引き揚げる際にちぎれて海に入ってしまった海苔も、ちゃんと拾う模様。

 

 

 

市電の写真も。

詳細は市電保存館にGO!

 

 

2Fへ。

 

 

壁には、横浜で行われる祭りの写真。

かなりの数がある。

 

 

 

こんな感じ。

 

 

最初に置いてあるのは「お馬さま」である。

本牧あたりの祭祀で、災厄をこの馬に乗せて海へ流してしまうというイベント。

 

 

 

「馬」と言いつつ、馬なのは頭だけで、身体は亀である。

ウマガメ。

本牧の6つの村の分を、羽鳥家の当主が代々作るらしい 

 

 

イベントは8月に行われる。

まず馬を本牧神社へ連れていく。

失礼の無いように、馬さんは頭の上に担いでお連れしないといけない。

 

 

 

神社で祈祷。

 

 

馬さんはそのまま神社で一泊する。

夕飯はスイカ。

 

 

翌日になると、馬さんは氏子である各村を回り、災厄を引き受ける。

もちろん、馬さんには失礼の無いように、頭上に担がないといけない。

 

 

そんで村を回って災厄を馬に乗せたら、船で海へ出て馬を流す。

 

なお海まで来たら、ダッシュで船まで走って大急ぎで出航し、海に出て馬を流したら、また大急ぎで陸まで戻ってくる。

馬に乗せた災厄がこっちに戻ってこないよう、急いでやってるらしい。

さっきまでさんざん馬をもてなしていたのに、熱い手のひら返しである。

 

 

 

そして気になるのが、この像たち。

これらは安達謙蔵が、「僕の尊敬する最高の8人」を選出して、ここに飾るために作らせたものである。

 

 

 

メンバーはこちら。

左から順番に記載している。

 

 

一番左に飛び出ている観音菩薩像だけは、別に安達リクエストではなく、知り合いから頼まれて預かっただけらしい。

 

 

 

像の製作者にも相当こだわっており、さっきのメンバー表にも書いてあるが、錚々たるメンツで固めている。

 

 

そのうち一番右の日蓮像を作ったのは、日本サッカー協会のトレードマークたるヤタガラスをデザインした日名子実三であるという。

 

 

 

 

あとはお決まりの農具コーナー。

 

 

ぬり絵。

難易度すごい高そうなのは気のせいだろうか。

 

 

「ジャモカモ」。

「蛇も蚊も」。

 

由来は不明らしいが、これを編んで担いで泥の田の中に入り、そのあと各家の表から裏へ抜けて、最後は海中に流すと、家の中の悪神が退治できるという祭祀。

 

蛇はともかく、泥まみれで家上がられるくらいなら蚊の方がマシな気がするが(震え)

 

 

2Fおしまい。

 

 

 

外に出たら、水道も八聖殿の形してた。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】桜木町駅横浜駅根岸駅等からバス

【入館料】無料

【滞在時間】30分

【混雑度】★★★(1部屋に2~3人)

【URL】横浜市八聖殿郷土資料館