神奈川Cスポ探索日記

神奈川Cスポ探索日記

神奈川県内の観光スポット、って言えるかどうか微妙なスポットを巡っています

田谷の洞窟(瑜伽洞)

 

横浜市の田谷にある定泉寺の瑜伽洞(ゆがどう)は、「田谷の洞窟」としておなじみである。

 

 

 

戸塚駅大船駅からバスで15分。

「洞窟前」という、まんまな名前のバス停からすぐ。

 

 

 

 

字体に雰囲気がある。

 

 

 

倉庫と住宅に挟まれた、小さな入り口がそれ。

 

 

 

B級スポットとしても取り上げられているので、客が結構おおい。

普通の寺としての機能や、墓地もあるが、みんなの目的は洞窟である。

 

 

 

お堂は比較的ちいさめ。

 

 

 

 

 

受付で入場料を払い、洞窟へ向かう。

 

 

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あれが、その洞窟。

 

そもそもこの寺の起源はあの洞窟にあるようで、鎌倉時代に弁財天を祀る祠となる傍ら、道場としても使われていたらしい。

んで僧侶たちが洞窟を掘り進めて、ついでに壁に仏とか刻み始めて、江戸時代までにたいそうな規模になってしまったそうな。

 

 

 

洞内には、四国88か所をはじめ、西国・坂東・秩父の各所の仏たちが刻まれまくっている。

当時は洞内暗かったので、ロウソクの明かりで照らしていたと思われる。

 

 

 

 

 というわけで当時の雰囲気に浸るため、受付でロウソクを配っており、洞窟手前に置いてある木の板に立てて火をともし、洞内を歩こうという趣向をこの寺ではやっている。

 

 

 

 

こんなかんじ。

ロウソクをたてるところは、これまでの参拝者が垂らしてきた蝋だらけ。

 

 

 

 

洞内へ。

残念ながら、ここからは撮影禁止。

 

 

洞内はかなり広くて、ゆっくり見てると20分くらいはかかる。

そりゃ何百体も仏が刻まれているからね。

 そしてかなり涼しい。

 

 

なお、このロウソク、洞窟はいってすぐに灯すところがあるんだけど、注意して歩かないと歩行スピードによる風ですぐに消えてしまう。

洞内ところどころ火を灯せる「回復ポイント」はあるので、途中で消えてしまったらそこまで行くしかない。

周りの観光客のロウソクに火が点いている中、自分のだけ点いてないと恥ずかしかったりする。

 

 

 

まあ洞内には照明引いてあるので、ロウソク消えてもなんも困ることないんだが。

逆に「ロウソク消えたら失敗」みたいな縛りで、ゆっくり歩いても良いんじゃないかな。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】神奈中バス「洞窟前」バス停からすぐ

      大船駅から:戸塚バスセンター行き(ヒルズ・金井経由)で10分。

      戸塚駅から:大船駅西口行き(ヒルズ・金井経由)で15分

      10分に1本ペース。

【入場料】400円

【滞在時間】40分

【土日の混雑度】★★★(写真撮ると他人が映り込む)

【URL】

taya-josenji.jp

 

 

大船観音

 

もうこの写真の時点で、どこに行ったのかネタバレしているが、これは大船観音である。

 

 

 

大船駅西口はバスターミナルがある以外は、だいぶ殺風景だ。

シャッターが並ぶ通りを抜けていく。

 

 

 

右手の上り坂が、観音方面。

 

 

 

 

思ったより急な坂。

 

 

 

坂を上ると、山門である。

左側にある小屋が受付で、入場料を払う。

 

 

 

 

観音は山門くぐって右手に行けば良いのだが、目の前のお堂っぽいのが気になってそっちに行く。

 

 

 

 

 

お堂のふもとにあるのは、原爆の慰霊碑。

 

 

右に置いてあるのは、広島の爆心地にあった寺の土台。

左のは、長崎の浦上天主堂の瓦とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

お堂に向かって登っていく。

 

 

 

お堂。

このあたりは狭くて、カメラアングルを確保できる土地が無かったので、良い写真は諦め(雑)

 

 

 

 

木々の間を抜けて、観音様の方へ向かいます。

 

 

 

駅弁でお馴染み、大船軒も協賛。

 

 

 

なんだ、この棒人間は。

昔こういうフラッシュがあったのを思い出す。

 

 

 

そして出てくるのが、この巨大な観音像。

 

 

 

観音の中には入れるので、横から回りこんでいく。

 

 

 

手前にステージっぽいのがあるけど、イベントでもやるんだろうか。

 

 

 

 

横から見たお顔。

 

 

ずいぶん無機質な階段。

 

 

 

執務室のようなドアだ。

 

 

 

中は、思った以上に現代的。

カーペットまで敷いてあるし。

 

 

 

後光がさす観音様。

 

 

シャンデリア。

 

 

 

なんか目がのぞいてるけど、気にしてはいけない。

 

 

 

向こうの小部屋には小さな木仏とか、千羽鶴とか。

 

 

 

 

 

ずいぶんプログレッシブな絵が飾ってある。

 

 

 

建設途中で放置されていた時の写真。

 

そもそもこの観音様は、なかなか盤石でない生を受けておられていて、

 

1.昭和2年(1926年)に金子堅太郎とか清浦圭吾とか、まぁ政府の偉い人が集まって観音設立を企画。「観音様のご威光で世の中浄化しようぜ」的な感じだったらしい。

 

2.企画会議にて

「立像にしよう」→「地盤的に無理」。

「じゃあ座像にしよう」→「まわりの地形と合わなくね?」

「もう胸から上だけでいいや」

 

3.昭和4年(1929年)から工事開始も、いきなり世界恐慌の影響を受けて予算枯渇。昭和9年に工事中断し、それから23年間も建設途中のまま放置プレイ。

 

4.戦後、東急の強盗こと五島慶太らの後援により、建築再開。

 

5.昭和35年(1960年)、ようやく完成。

 

 

こんな沿革だったらしい。異論は認める。

 

 

 

いきなり動物の絵。動物要素なかった気がするんだけど。

 

 

 

願いがある人は、伝言ノートに書けます。

 

 

 

じゅうぶん中を見つくしたので、外に出る。

 

 

 

来た方と反対側へ回っていく。

観音並みにそびえたつ階段である。

 

 

 

 

元の広場へ向かう道。

 

 

五重の塔。

 

 

 

階段を下りて入り口方面へ。

この階段もけっこう高いな。

 

 

 

本来は観音みてからお堂へ行くのが正規ルート

今回は逆回りしちゃったので、バチ当たらなければいいのだが。

 

 

 

入口付近にあるルート案内図。

右下のキャラは一体なにを表しているんだ?

 

 

 

 

以上。

 

 

【交通手段】大船駅から徒歩5分

【入場料】300円

【土日の混雑度】★★★(写真撮ると他人が映り込む)

【滞在時間】30分

【URL】

www.oofuna-kannon.or.jp

 

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英月院 光照寺

 

 

 

英月院 光照寺とは、北鎌倉にある時宗の寺院である。

時宗(ときむね)じゃなくて、時宗(じしゅう)である。

踊る念仏のほう。

 

 

 

 

 

 

 

北鎌倉の駅を降りると、ほぼ全ての観光客は鎌倉方面に向かっていくか、円覚寺を目指していく。

だが光照寺はそれと真逆の、大船方面に街道を向かい、特に目印もないところで曲がる。

住宅街の中にぽつんとあるから、最初気づかずに素通りしてしまった。

 

 

 

時宗開祖の一遍上人が鎌倉に来た際、幕府の関所で阻まれてしまい、仕方なく野宿した跡に建てた寺、ということらしい。

当時の執権である北条時宗臨済宗に帰依していたようだが、それ以上に一遍の踊り念仏が危険視されていたようでもある。

 

一遍 - Wikipedia

 

↑の項を見てみると、「ステージを設けてそこで踊り手が輪になって歌い踊り、観客も巻き込んで法悦に浸る」という、今でいうライブ会場でのサークルモッシュ的な感じであったようだ。

そんなの鎌倉時代にやられたらビビるわな。

 

 

 

 

 

 

そしてこの寺は隠れキリシタンの駆け込み寺でもあった。

山門の欄間にある↑の紋様は、十字架を示しているという。

 

十字架をばれないよう色んな所に仕込むのは隠れキリシタンのテクニックであった。

と、澤田美喜記念館で学んだ。

 

 

 

 

基本的に観光寺ではないのだけれど、シャクナゲで有名らしく、時期になると写真家が集まってくるらしい。

そもそもシャクナゲが何か分からない私には関係ない話ですが(小並)

 

 

 

奥に進むと境内が見える。

 

 

 

 

あと、このお寺さんはハンドメイドなHPあるんだけど、これがなかなか。
 


「(北条時宗時宗を間違えている)俄かガイドが多数鎌倉市中を誤解を振りまき闊歩している」
「(参拝者は)自発的に100円くらい賽銭箱に入れていただけることを期待しています」
「(HP製作者はmacユーザーのため)windowsユーザーの方で見え辛いとか表示がおかしいという方は、マックを購入して下さい おしらせください」

 

いっぽう、時宗に関する初心者向け解説もあるので、けっこう有用だったりする。

 

 

 

 というわけで、拝観料は無料であるが、志ということで100円入れておく。

 

 

 

 

パンフレットはパックに詰められている。

 

 

 

シャクナゲの他にも花が有名な寺なので、順路を回ってみることにした。

境内むかって左側から進んでいく。

 

 

 

 

 

初っ端からサボテンで、度肝を抜いてくる。

 

 

 

 

矢印通りに奥に進む。

 

 

 

あれ、思いっきり墓地だけど。

墓参りしている人いるし。

でもルートはこっちらしい。

 

 

 

慌てて引き返してパンフレットみたけど、やはり墓地を突っ切るようだ。奥にある如来像から、北鎌倉の山がみえるらしい。

 

 

 

 

その如来像のとこのビューポイント。

山というか、電線と空が良く見えますね、ってかんじ?

 

 

 

駐車場もあるけど、思いっきりチェーンしてあるから使っちゃダメなのかしら。

表門の方にも参拝者用の駐車場あったけど、1台分だけだった。

 

 

そもそもHPに「バカ高い駐車料金が苦にならないほど富裕」でない限り、車で来るなって書いてあるし。

ここはお坊さんの言うことに従いましょう。

 

 

 

おまけだけど、光照寺の近くにある郵便局は瓦屋根と漆喰の壁で、武家屋敷というのか蔵というのか(錯乱)、とりあえず時代物っぽい外観である。

 

 

 

 

豪華に松まで植えているんだけれど、ATM含めて平日しか空いていないので注意が必要である。

 

 

以上

 

 

 

【交通手段】北鎌倉駅から徒歩10分

【拝観料】志次第(寺側は100円以上を希望)

【滞在時間】15分

【土日の混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】北鎌倉 光照寺

 

 

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震生湖

 

震生湖は、秦野市にある湖沼である。

 

関東大震災時に沢が陥没して水がせき止められ、湖になったという。

もともと沢だったので、周囲に河川は存在せず、地下水脈でつながっているらしい。

 

 

 

この震生湖は、車なしで行くのは難しい。

というか、車以外で行く人はたぶんいない。

 

最寄りのバス停は「震生湖」だが、1日に1本しか便が無い。

むしろなぜ1本だけ残そうと思ったのか。

 

次の最寄りのバス停は「南ヶ丘1丁目」だが、このバス停からも徒歩20分かかる。

 

あとは秦野駅から歩くしかないのだが、徒歩40分程度でしかも駅からはずっと上り。

 

 

 

 

とりあえず神奈中バスで、南ヶ丘1丁目まで行き、そこから徒歩で行ってみることにした。

参考までにバス停からのルートを貼るが(参考になるとは言っていない)、要は東から西へ向かって歩いたということである。

 

 

 

 

秦野駅から南ヶ丘1丁目までは5分程度で着いてしまう。

まぁ2kmくらいあるから、バス停からのハイキングを考えると体力は温存したい(老並感)

あとバスは20分に一本は少なくともあると思われる。

 

 

 

 

バス停のあたりは住宅や高校があるが、ちょっと坂を上がって震生湖方面に向かう道は完全に農地地帯である

 

 

 

途中にあった市の水道施設

 

 

 

この日はスーパー炎天下。

日差しの強さ、坂のアップダウン(そこまでたいしたことない)、畑で使われている堆肥の強烈な臭いで、徒歩20分の道のりがやたら長く感じる。

 

 

 

大悲観音も気になるところだが、行く気がしないし行ける気もしない。

 

 

 

秦野の街を一望できる。

 

 

 

ようやく看板を発見。

建設会社に歓迎される違和感はあるが、彼らがこの辺の土地を持っているのだろう。

 

 

 

この道を下っていく。

 

 

震生湖 に対する画像結果

 

到達。そして徒歩20分とは思えない疲労感。

 

なお、↑の写真に限ってはネットからの拾い。

というのは、当日はやたらここに車が停まっていて「震生湖公園」の看板を覆ってしまっていて写真が撮れなかったので。

という言い訳。

 

 

 

湖の周りを周遊してみる。

この鳥居の階段から道が続いている模様。

 

 

 

太陽がぎらつきすぎて、ろくな写真になっていないが、まぁ多少はね?

 

 

 

 

 

なんか、思っていたほど水がきれいじゃなくて、濁りまくってる。

数日間雨も降っていないのに。

 

 

 

 

けっこう釣り人が多かった。

ボートで反対の岸まで出てる人もいたし。

そのボートは売店で借りられるらしいが、口コミを見ると売店というよりボート貸家さんなので、食事処とかは無い模様。

 

 

 

暑さでぐったりするネコ。

 

 

後ろには弁天様。

 

 

 

比較的うまく撮れた写真。

湖の照り返しが強すぎて、濁りっぷりが見えないからだと思われる。

 

 

 

 

湖の西の端まで来た。

入口からは歩いて10分もかかっていないと思う。

これを登ると上の道路に出て、左へ行くと湖を一周して入口へ戻ると思われる。

 

 

 

もう疲れたので、ここで脱出します。

もっとも、バス停まで戻るのも面倒になったので、このまま30分以上歩いて秦野駅を目指さねばならんのだが。

 

やっぱ車なしで来る場所じゃないな。

 

以上。

 

 

【交通手段】秦野駅からバス5分「南ヶ丘1丁目」下車。徒歩20分

【混雑度】★★★(写真撮ると人がインカメする)

【滞在時間】20分

【URL】秦野市観光協会-観光スポット情報【震生湖】

 

 

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JICA海外移住資料館

 

JICA横浜のビルの中に、海外移住資料館なるものがある。

 

 

 

 

みなとみらいにあるJICA横浜の施設は8階建てであり、

 

1F ギャラリー&会議室

2F 図書館&海外移住資料館

3F レストラン

4F以上 会議室とか関係者宿泊施設

 

 

 

 

1F部分のギャラリーはこちら。

展示物は時期によって変わるらしい。

このときは、途上国で使用されている、ちょっと奇抜な道具について。

 

 

 

 

ラオスで使われているとかいう、電動バス。

バイクじゃなくて、バス。

充電バッテリーで動くので環境にやさしい。

 

 

 

上を歩くことで発生する振動だけで、発電ができる床。

実際に歩いてみると、床についてるライトがピカピカする。

 

 

日光に当てると周りの鏡が反射して、真ん中のフライパンに熱を集める。

晴れの日はこれで料理できます。

雨の日は残念。

 

 

 

木のラジオ。現地の木材を使います。

ラジオだから燃えるほどの熱は発さないか。

 

 

 

 

そうとう強引なサッカーボール。

キャプテン翼で、こんなボールで練習してた人いた気がする。

 

 

 

段数が多いほど、読み書きできない人が多いという意味。

ニジェール圧勝。

 

 

 

 

けっこうボリュームのあるギャラリーを見終わったら、こんどは2階へ。

海外移住資料館はここ。

 

 

 

入場無料だけど、写真撮影できる場所が限られているのが残念。

これは撮影できるうちの一つ。

アメリカのローズ・フェスティバルとかいう祭りに、日系人が出した山車。

祖国のそれの原型留めないくらいトロピカルになっている。

 

 

 

現物の山車の写真はこちら。

 

 

 

展示品は、日本人が海外へ移住する歴史と、現地で日系人が使っていたグッズなど。

 

歴史については、早い話が

 

1.明治時代から移住者あらわる。貧困に陥った出稼ぎ人間か、出世を目論んで海外で経験を積もうとした書生の2パターンが多数。出稼ぎ日本人は、海外で成功すると家族を呼び寄せて完全に移民となる。

 

2.ハワイでプランテーションやるから大勢の出稼ぎ日本人が渡ったが、労働条件酷すぎてすったもんだの末、改善したりする。南米とくにブラジルでは、農機具に慣れた日本人の活躍で生産性が飛躍する。

 

3.日本人移民が増えすぎて、20世紀初頭にアメリカで禁止令。そのあと大戦となり、各国の日系人は収容されたり疎開させられたり、厳しい待遇となる。

 

なんかそんなかんじ。

 

 

 

 

写真が許されるゾーン その2

 

明治時代に日本人が渡航する際に持ってた旅行かばんなど。

田舎の出稼ぎ農民は海外渡航のやり方なんか知らなかったから、港町には道具を整えてくれる商売人がいたらしい。

 

あと当時はパスポート取得するのに、村→郡→県という順に許可を得ないといけないので時間かかったりとか、パスポート発行できる県と出来ない県があって、出来ない県の人は出来る県まで遠路はるばる取りに行かないといけなかったとか。

いろいろ面倒なので、手続き代行屋がけっこう出現した模様。

 

 

 

 

 

写真が許されるゾーン その3

 

アメリカでの日本人による、よろずや。

カウンターとか海外チックだが、日本特有のものも置いてある。

 

 

 

しかし「日本」って名前の酒は、そのまんま過ぎるよなあ

 

こんな感じで、おしまい。

 

あと企画展もやっているけど、そっちは撮影可能だった。

普通は常設展が撮影可能で、企画展はダメなのにね。

 

 

なお3Fのレストランは海外フードがお安く食べられるとかで、土日の昼はかなり混みあうらしい。

私はあきらめて、空いてる中華街の店で終わらせました。

 

 

以上

 

 

【交通手段】桜木町馬車道駅から徒歩10分

【入館料】ギャラリー含めて無料

【滞在時間】40分

【土日の混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】

www.jomm.jp

 

 

 

 

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海上保安資料館 横浜館

 

赤レンガ倉庫やワールドポーターズなどサレオツでお馴染み、みなとみらいの新港地区に似合わない無骨な倉庫が、海上保安庁の資料館である。

 

 

 

2004年に開館したようだが、建物自体はもっと古い気がする。

 

 

 

 

 

2001年に鹿児島南西沖で発生した工作船事件について展示している。

 

工作船事件のあらましを雑に書くと以下の通り

 

1.海上で不審船が発見され、海保の巡視船と航空機が追尾

 

2.停船命令に従わないので威嚇射撃を行うが、止まらない不審船。

 

3.挟み撃ちにしようとしたところ、不審船からなんとロケットランチャー

 

4.銃撃戦の末、不審船は自爆。海保が救助用浮き輪を投げたにもかかわらず、乗組員は拒否して溺死。全員死亡したと思われる。

 

5.死体鑑定の結果、乗組員は朝鮮人。というわけで犯人は北朝鮮

 

 

 

 

で、その不審船がこれ。

でかすぎて写真に収まらない。

 

 

 

船は中国との経済水域付近に沈没したため、中国と北朝鮮に配慮する(!?)声もあったようだが、時の小泉政権は引き揚げを決定。

その際に協力金として、中国政府に1億5千万円ほど支払われたとか。

 

 

 

海保が行った威嚇射撃の跡。

あくまで威嚇なので、人がいない部分を狙う紳士っぷり。

 

 

 

上映されているビデオでは、まさに銃撃を行う様子が見られる。

ただTVすごい小さいんだよなぁ。

 

 

 

 

船から見つかった遺品の数々。

大量の銃のほかミサイルまで搭載しており、しかも海保の装備より高性能であるらしく、防弾チョッキや巡視船の外殻ぶちぬくレベルらしい。

 

 

 

電子機器も多く、いろいろ陸上へ発信したり、他の通信を傍受していたんだろうか

 

 

 

 

自爆したので、船内スカスカ。

 

 

 

船の反対側の図。

 

工作船の役割は、日本国内の暴力団への覚せい剤密輸であったようで、これより以前の密輸事件で使われていたことが発覚した。

遺留品である通信機器のメモリから、暴力団関係者との繋がりが浮上したとのこと。

 

 

 

 

船を上から見た図。

あのレールっぽいのにミサイル載せるらしい。

ほんと、一介の漁船じゃないな。

 

 

 

自爆したからボッロボロ

 

 

 

あと船内からは、北朝鮮人民がみんな付けていると言われる金日成バッチとか、製造元が平壌のお菓子も見つかった。

ここまでくると、むしろあからさまな気がするが。

 

 

 

 

不穏な展示物だらけなので、ゴール地点は海保グッズで穏やかに。

 

 

 

というわけで、みなとみらいの平和ボケした土日に危機感と防衛意識を叩き込む、異色の施設なのでした。

 

 

なお工作船事件の詳細は ↓ から。

九州南西海域工作船事件 - Wikipedia

 

 

以上

 

 

【交通手段】馬車道駅から徒歩8分

【入場料】無料

【滞在時間】20分

【土日の混雑度】★★★★(たくさん)

【URL】海上保安資料館横浜館-Japan Coast Guard Museum YOKOHAMA-

 

 

源実朝公御首塚

 

 

源実朝公御首塚(みなもとのさねともこうみしるしづか)は、鎌倉幕府3代目将軍の源実朝首塚、とされている場所である。

 

 

 

バス停「中庭」から徒歩5分ということだが、あまりにも田園風景すぎて、本当に首塚が見つかるのか不安になる。

 

 

 

 

 

 

なんか建物あった。

 

 

 

 

この建物は「ふるさと伝承館」っていうらしい。

いちおうそば処が入っていて、地元の農産物も売っている模様。

道の駅みたいなもんか。

 

 

 

 

JA秦野のキャラクター。

左のぴーなマンは、好きな言葉が「地産地消」だったり、特技が「箱罠の設置」。

 

 

ちなみに箱罠は ↓ 

 

 

 

今日も害獣を退治し続けるぴーなマンである。

 

 

 

ふるさと伝承館のあたりは、「田原ふるさと公園」という。

とりあえずだだっ広い芝生ばかりなので、ボールとかで遊んでる家族連れや子供がちらほら。

 

 

 

 

んで、肝心の首塚がこちら

 

 

 

 

 

 

要約すると

 

1.源実朝公暁が撃破。

 

2.実朝の首が行方不明

 

3.武常晴という武将が偶然拾って、秦野の波多野氏のもとへ持って行き、供養。

 

 

 

そもそもなんで実朝の首が行方不明になるのか、とか

武常晴は三浦義村の家臣だったらしいが、なぜ三浦ではなく鎌倉から遠い波多野氏を頼ったのか、とか

波多野氏は源平合戦では平氏側についていたらしく、なんで源氏の大将の首を平氏側に持って行って、踏んづけるならともかく手厚く葬るってどういうことだ、とか

 

 

 

とまあ謎だらけである。

 

 

特に最大の謎として、上記の説明版に「右手の五輪塔首塚である」って書いてあるんだけど。

 

その右手には

 

 

 

なんもないじゃん。

 

 

 

 

石碑。

たぶん実朝の歌が詠まれてるんだろうけど、字が消えかけてて読めない。

 

 

 

 

五輪塔ってこれか?

右手というか、ちょっと離れたところにあったが。

あと五輪塔自体には特に実朝要素が描かれていないので、本当にこれなのか怪しんだりするが、まぁこれでいいや。

 

 

 

以上

 

 

【交通手段】秦野駅から「秦23 くず葉台経由藤棚行き」か、

     「秦26 くず葉台経由神奈川病院循環秦野駅行き」で15分

      バス停「中庭」下車。徒歩5分。

      1時間に1~2本程度。

【入場料】無料

【土日の混雑度】★(首塚あたりには誰もいない。公園にはちらほら)

【滞在時間】15分

【URL】秦野市観光協会-観光スポット情報【源実朝公御首塚】

 

 

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