神奈川Cスポ探索日記

神奈川Cスポ探索日記

神奈川県内の観光スポット、って言えるかどうか微妙なスポットを巡っています

二ヵ領せせらぎ館

 

二ヵ領せせらぎ館は、登戸にある多摩川に関する資料館である。

 

 

 

この資料館は、国交省の二ヵ領用水 宿河原堰管理所の建物内にある。

 

二ヵ領用水とは?

 

 

 

地図の通り、せせらぎ館の上に多摩川があるが、左側にも小さい川(宿河原用水)が流れている。

これを辿っていくと違う川にぶつかるが、このぶつかった先の川が二ヵ領用水である。

 

 

 

(画像は国交省HPから)

 

時は江戸時代、になるちょっと前。

 

二ヵ領用水は多摩川右岸地域への用水路であり、最初は上流の上河原堰から取水していた。次第に水が足りなくなったので、1629年に宿河原用水路を設けて二ヵ領用水につなげるようにした。

 

稲毛領と川崎領を通るので、二ヵ領ということらしい。

 

 

 

 

せせらぎ館の西側で撮った写真。

正面に見えるのが多摩川であり、左側にうっすらみえるのが宿河原用水。

 

 

なんでこんな分かりづらい写真なのかというと、せせらぎ館の中に二ヵ領用水に関する解説がほぼ無かったので、撮影時点ではこの宿河原用水が何のためにあるのか分らんかったからである。

 

というわけで、二ヵ領用水については帰ってきてから ↓  で調べました。

 

二ヶ領用水とは|魅力いっぱい 多摩川散策情報

 

 

 

 

 

二ヵ領用水の解説が無いなら、一体なにを展示しているのか、みてみよう。

 

 

 

小ざっぱりしてますねえ。

 

 

 

まず左手には、水槽がいろいろ。

多摩川で見つかる魚たちと思われる。

 

 

 

右手には絵画?

でも額縁しか無いな。

 

 

 

 

 

 

よくみると、真ん中に小さな絵があった。

どういう趣向なんだろうか。

 

 

 

筏じゃなくて、中聖牛(ちゅうせいぎゅう)と言って、堤防版テトラポットらしい。

そのプラモデル。

でもそんなプラモ買わんでも、鉛筆で作れるのでは(名推理)

 

 

 

多摩川は流れが激しいので、橋が建てられず渡しを使っていたとのこと。

 

 

 

栗。

 

 

 

「草と友達になろう」と書いてある。

せめて「花」か「植物」でオナシャス。

 

 

 

 

チラシやらがどたどた並べられている。

 

 

 

 

 

この辺の川底に、縄文時代以前の化石とかがあるらしい。

川ができる前の話。

 

 

 

拾われたと思われる葉っぱたち。

 

 

 

ジャカルタお掃除クラブ」?

友好関係にあるNPOと思われるが、特に解説展示が無いのでぽかーん。

 

 

 

前述の通り、この建物は宿河原用水に水を流す宿河原堰の管理所なのだが、その模型。

 

 

 

 

本物がこちら。

建物のすぐ外にある。

 

 

 

せせらぎ館の手前に、なんか小屋があった。

 

 

 

水辺の学校?

イベント小屋だろうか。

 

 

 

ピカチュウピチューを足したようなポケモンだな。

 

 

このとおり、せせらぎ館自体は多摩川の生物系の資料館である。

ただ特に解説は無いので、資料というより物を置いてあるだけな感じもするが。

せっかく近くにある宿河原堰についても、模型以外とくにないので、もうちょい頑張っていただきたいところ。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】登戸駅から徒歩10分

【入館料】無料

【滞在時間】10分

【混雑度】★(誰もいない)

【URL】

www.seseragikan.com

 

 

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宮川香山 眞葛ミュージアム

 

眞葛ミュージアムでは、明治の陶工である宮川香山の作品を展示している。

 

 

 

横浜駅のきた東口を出て、ベイクォーターのショッピングモールを抜けてポートサイド方面へ。

駅から徒歩10分。

 

 

 

これ。

入場料は800円とお高め。

以前は500円だったが、値上げされたらしい(涙)

 

 

館内は撮影禁止なので、以下の画像はミュージアム運営主体である三陽物産HPや、展示品の所有者のブログから拝借。

 

kozan.blog.so-net.ne.jp

 

 

 

 

展示室その1は、宮川香山の経歴と作風の変遷について。

 

とりあえず乱雑にまとめ。

 

1.幕末に近い頃、京都の高名な陶工の家に生まれた宮川香山は、早世した父や兄のあとを継いで陶磁器制作の道へ。「香山」というのは父が朝廷から得ていた称号であり、それを用いた。

 

2.めっちゃ有能で皇族にも作品を献納するレベルまでになった香山くんは、陶磁器の海外輸出を試み、開港直後の横浜に進出。京都の真葛が原に実家があったので、「眞葛窯」と名付ける。

 

3.当時の薩摩焼は金を大量に消費するのでこれを止め、「高浮彫(たかうきぼり)」路線に変更すると、国際的にヒットする。

 

 

 

これが高浮彫である。

陶器に下地として絵を描くのではなく、もはや外側に彫刻を彫り付けてしまう斬新さ。

 

こういう作品が1876年フィラデルフィア万博に出品され、宮川香山の作る「眞葛焼」は世界的に有名になる。

なお明治政府はこの万博において、日本が欧米と同様の文明国であることをアピールするために全身全霊をかけていたようであり、眞葛焼きは大役を果たしたようである。

 

 

 

 

展示室その2。奥の畳敷きの部屋が良い感じ。

 

というわけで海外の好事家から大人気になってしまった香山の作品はガンガン輸出された。

国内には僅かにしか無かったらしく、逆に戦後になって日本人が買い戻すことになる。

 

 

一方で香山くんは、「派手な彫刻付けるより、静か目にした方がジャパニーズぽくて外国人にウケんじゃね」と気づき、作風を変えていく。

 

 

こんな感じ。

 

 

静かにたたずむ日本の美って感じかな(表現力不足)

 

 

 

 

最後の展示室では、特に解説は無いストレートな作品展。

 

 

 

高浮彫withねずみ。

 

 

 

カニと器。

これは香山晩期の作品。

 

1916年に香山は死去するが、「宮川香山」という号は養子が2代目として引き継いだ。

だが3代目は1945年横浜大空襲で死亡してしまい、急遽跡を継いだ4代目は才能に恵まれなかったらしく、この4代目死去をもって宮川香山は廃業となる。

 

 

 

ところでこのミュージアムは、三陽物産(モンテローザ)の社長である山本博士氏がコレクションした香山の作品を展示しているという。

前掲のブログの著者である。

 

 

別に「Dr.山本」ではなく、本名が山本博士さんなんだと。

よほど陶磁器好きなのか香山好きなのか、本まで出版している。

 

 

 

 

なんとその山本博士さんはサッカートレーニングの本まで出版している。

これもうわかんねえな

 

たぶん同姓同名の別人だろうけど。

 

あとこのミュージアム、土日しかやっていないので気を付けられたい。

 

 

以上

 

 

【交通手段】横浜駅きた東口から徒歩10分

【入館料】800円

【滞在時間】30分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】

kozan-makuzu.com

 

 

海老名温故館

 

海老名温故館は、海老名の郷土資料館である。

 

 

 

もとは1918年に建築された海老名村役場の旧庁舎である。

もっとも老朽化のため解体移築して2011年に復活させているので、当時の建物そのまんまではないようだ。

 

 

 

そして温故館自体は1921年から存在していたが、1982年からこの建物を使いだしたとのこと。

 

案外歴史あるんすね(こなみ)

 

 

 

 

いざ入場。

 

 

 

 

想像通りの郷土資料館的配置。

 

 

 

安定の、手厚い古代解説。

 

 

 

石器ごろごろ。

 

 

 

秋葉山古墳。

方墳から前方後円墳まで様々取り揃えており、古墳の進化が分かるので珍しいという。

 

 

サビまくっているが、埋まっていた鉄剣。

 

 

安定の土器たち。

 

 

温故館のメインデッシュは、国分寺跡である。

聖武天皇の命により大層な寺が建てられたらしく、ご立派なお堂や七重塔があったようだが、片っ端から地震や火災に襲われまくり、この荘厳なお姿は建築された8世紀~9世紀までしか続かなかった模様。

 

 

 

七重塔のてっぺんに刺さっていたという、金の延べ棒。

これ純金かぁ?(銅の周りに金箔ぬってある)

 

 

 

出土した瓦たち。

 

9世紀以後、国分寺は別のところに再建されたようだが、記録が全然残っていなくて詳細は分かってないらしい。

戦国時代に、いま国分寺が存在するところに移ったらしい、ということくらい。

 

相模国分寺 - Wikipedia

 

 

 

瓦にもいろいろ名称あるんだね。

 

 

 

まぁ一時期だけではあるが壮大な伽藍が存在したということで、「海老名誇らしい」を後世に伝えるべく1921年に建てられたのが温故館なのである。

温故館というより懐古館な気が。

 

 

 

濃い緑の中心辺りが海老名である。

 

ちなみにさっきの瓦は三浦半島で製造したのを運んできたんだとか。

金の延べ棒を寺に飾っちゃうし、奈良~平安頃の海老名は結構強かったようである。

まぁ大山街道あったし、通商の拠点だったのかもしれない。

 

 

 

 

デカいがらがら引き戸が懐かしい。

 

 

 

反射しまくってて見え辛いが、温故館のむかしの看板。

 

 

むかし屋根の頭についてたもの。

 

 

 

国分寺跡の模型に隠れるように、海老名郷土カルタなるものがあった。

 

 

 

マニアックすぎて郷土史家しか分からないのでは。

上毛カルタを遥かに超える難易度である。

 

 

 

 

2階へ。

 

 

 

 

当時の生活道具コーナー。

郷土資料館の黄金パターンだな。

 

 

 

手で回す系の計算機。

1970年代ってこんなの使ってたの。

 

 

 

ミシンいろいろ

 

 

 

装飾に本気出し過ぎの羽子板。

 

 

 

相模原でも多かったが、肥料屋はそんなに儲かったんだろうか。

 

 

 

 

底まで入ってしまえば二度と出られないというハエ取り機。

ビン底には水がためられており、そこへ溺死させるという。

本当に出られないんだろうか。

 

 

 

炭を入れて使っていたというアイロン。

煙やばそう。

 

 

 

提灯。

 

 

 

展示品に触るな系の張り紙は特になかったんだけれど、これだけ猛烈に主張していた。

 

 

 

海老名というか、神奈川県にコメどころがあったということが驚き。

ならもうちょい美味しいお酒作ってくれませんかねえ(涙)

 

 

 

2階おしまい

案外しらない道具もあったのであった。

 

 

 

なお外にある公園が、模型が示していた相模国分寺の跡まんまである。

遊んでいる子供たちは別にして、やたら学生や大人っぽい人間がいたのだが、ポケモンでも出るのだろうか。

 

そういえばビナウォークによくわかんない五重塔みたいなのがあったけど、あれってこの遺跡の七重塔を指してたんだな。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】海老名駅から徒歩10分

【入館料】無料

【滞在時間】40分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】

www.city.ebina.kanagawa.jp

 

 

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三浦大仏 久里浜霊園

 

久里浜霊園は、巨大な三浦大仏その他変わった石像を置いている霊園である。

 

 

 

 

京急長沢駅から徒歩10分と公式HPに書いてあったが、五重塔が山の上に見えるこの光景でさっそく絶望する。

徒歩10分(行けるとは言っていない)。

 

 

 

郊外の住宅街という感じで、坂をのぼっていく。

 

 

 

入り口。

たしかに、ここまでは徒歩10分である。

 

 

現代的な社務所

 

 

 

 

こっからひたすら急勾配をのぼっていく。

 

 

 

それっぽいお姿が見えてくる。

 

 

 

ふもとから見えていた看板はこれか。

 

 

 

ずいぶん高いところまで来たようだ。

 

 

 

ようやく大仏にお目見えである。

見ればわかるが、鎌倉の大仏よりでかい。

まあこれ出来たの1980年代らしいが。

 

そして、入口の門からせいぜい10分弱なんだが、急勾配過ぎて汗ダラダラ。

 

 

 

 

大仏の足元は納骨堂になっている。

 

 

 

大仏の位置から五重塔が見えるので、さらに奥へ上っていく。

 

 

 

相当ご立派である。

みたところ新しそう。

 

 

塔の横には広場。

 

 

 

だるま。

 

 

 

初見だと何のこっちゃと思う像であるが、埼玉連続幼女誘拐殺人事件の被害者を供養するものである。

 

hamarepo.com

 

 

 

 

後ろにわらわら居る像も、その関連だと思われる。

 

 

 

でも大半の像は先代の管理人が設置したもので、今となっては由来が分からんらしい。

 

 

 

膝を立てるのも修行のうちなんだろうか。

 

 

 

最奥は資材置き場である。

わざわざ看板を立ててあるので、「何もないから入ってくるな」という言外の意思表示であろう。

 

 

 

 

 

 

後ろから見ると、後光がまるでシャワーである。

 

そしてまた長い坂を下って帰るのであった。

 

 

 

おまけ。

駅前にある中華料理屋とカラオケ。

心を打たれる昭和の雰囲気である。

 

 

以上

 

 

【交通手段】京急長沢駅から徒歩10分(大仏まではさらに急坂を10分)

【入場料】無料

【混雑度】★(誰もいない)

【滞在時間】30分(入口~最奥~入口)

【URL】久里浜霊園

 

 

長岡半太郎記念館・若山牧水資料館

 

横須賀市長沢では、長岡半太郎若山牧水をまとめて記念している。

 

 

 

京急長岡半太郎を記念する別邸を建て、横須賀市に寄贈し、そこに若山牧水要素を取り入れたらしい。

 

 

 

 

ずいぶん公的施設に似ている別邸ですね(すっとぼけ)

 

とりあえず玄関を開けて入るが、スプリングか何かがダメになっているのか、すごい勢いでドアが閉まるので、開け閉めは警戒のうえで行わなくてはいけない。

 

 

 

結論から言うと、長岡半太郎若山牧水=3:7の割合で展示物があった。

京急が建設した時は長岡半太郎メインの施設だったのでは(白目)

 

 

 

若山牧水とは、名前で察せるとおり、歌人である。

宮崎県の医師の家の長男であるが、家族親戚の猛反対を押して早稲田の文学部に進み、卒業後に歌人デビュー。

幼いころから和歌や短歌が好きだったようだが、早稲田ではなぜか英文学科である。

 

 

 

 

お写真いろいろ。

 

 

 

宮崎県にある生家も記念館になっているらしい。

 

 

 

相当な旅好きであったらしく、日本全国を歩き回って歌を詠んでおり、その歌碑が各地に残っているとのこと。

 

 

歌碑があるところの一覧。

有りすぎなのでは。

 

 

 

 

旅先の中でも、千本松原や富士山に近い沼津は気に入っていたようで、しまいには家まで建てたらしい。

沼津にも記念館がある模様。

 

 

 

ハチャメチャな酒豪であったらしく、1日1升飲んでいたとのこと。

そんなんだから、43歳で肝硬変で死んでしまうのである。

 

 

 

大酒のみ&旅行好き&沼津に衝動的に家を建てる、という浪費っぷりでは当然のように金欠であったらしい。

逆に、出版する歌を詠むために各地を旅行しなくてはならなかったという。

これもうわかんねぇな。

 

 

 

牧水先生の頭身図。

身長156cmという小柄っぷり。

 

 

 

それで、ようやく横須賀との繋がりであるが、嫁さんの病後療養のために1年半ほどこの長沢に逗留していた。

そのあとはもう戻ってこなかったので、大した繋がりでもないように思えるが、それでもこの付近では牧水を記念する祭りをいまでもやっているとのこと。

 

 

 

 

まさにこの近辺に住んでいたことになる。

 

 

むかしの風景。

 

しかしこれだけ牧水に関する資料あるのに、牧水本人に関する概略的な説明は館内にほぼ無いという。

せいぜいさっきの黒板か。

 

ここに書いた情報は殆どwikipediaとか、↓で拾ったものである。

 

www.pref.miyazaki.lg.jp

 

 

 

 

 

んで、残り3割の長岡半太郎部分である。

 

 

こちらは概要的な説明が一応ある。

 

日本の物理学者の先達であり、30年以上にわたって東京帝国大で教鞭をとり、さらに大阪帝大の初代総長という、さきほどのハチャメチャな歌人とは正反対の経歴である。

 

 

 

物理学については全く知らないので、この人の偉業もあんまり分からんのだが。

 

原子が原子核+電子で出来ているという理論を早期に提唱したが、「実証できなさそうだからやめとけば」と周囲に言われて中断した。

しかし同じ理論をその後ラザフォードという人が実証に成功し、ラザフォードの散乱やらラザフォードの原子模型とかで物理学界に名前が残ることになり、さらにラザフォードの理論を発展させたニールス・ボーアという人はノーベル物理学賞を受賞。

長岡先生としては悔しい思いをしたという。

 

 

これだけだと残念な人に見えるが、これ以外にも成果はいろいろあり、ただ磁歪やら有限長ソレノイドやら言われても私にはわからんので割愛。

 

 

 

この人は長沢に別荘を所有し、40年ほど使っていたという。

牧水より土地との関係が深い気がするが、物理学者は祭りとは確かに馴染まない気はする。

 

 

 

でかい。

 

 

 

記念切手にもなっていた。

 

 

 

 

 

屋外には、長岡先生の机。

鬼って呼ばれていたのだろうか。

まぁ著名な学者が「座った」のではなく、「座らされた」と書いてあるから、そうなんだろう。

 

 

 

海が近いのはいいね。

 

 

以上

 

【交通手段】京急長沢駅から徒歩10分

【入館料】無料

【滞在時間】15分

【混雑度】★(誰もいない)

【URL】長岡半太郎記念館・若山牧水資料館|横須賀市

 

1年中クリスマスのお店

 

ブリキのおもちゃ博物館の隣では、1年中クリスマスをやっている。

 

 

たのしそう(こなみ)

 

 

 

乗り捨てられたのか飾られているのか、車。

 

 

ブリキのおもちゃ博物館と同様、ここも北原照久氏プロデュースである。

 

 

 

 

玄関。

 

 

 

毎日がカウントダウンである。

クリスマスの翌日が、きっと一番憂鬱なのだろう。

 

 

 

猫もクリスマス仕様?

 

 

 

中は予想通りのクリスマスカラーである。

 

 

 

 

 

小物いろいろ。

 

 

 

やけに肌が黒いが、どこの人なんだろう。

 

 

 

当然のようにクリスマスツリー

 

 

白いのもあります。

 

 

 

エスキリストもお喜びである。

 

 

 

変ったお菓子入れ。

 

 

 

 

 

 

 

ロボット化するサンタ。

 

 

 

クリスマスカードを発送できる。

送る相手がいなければ、自分あてに送れる画期的システム。

 

 

というわけで、けっこう狭い店内に、これでもかとクリスマスグッズが敷き詰められていたのでした。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】桜木町駅からバス、元町中華街駅から徒歩など。

【入館料】無料

【滞在時間】20分

【混雑度】★★★(写真撮ると他人が映る)

【URL】TOYS CLUB Official Site

 

 

 

ブリキのおもちゃ博物館

 

ブリキのおもちゃ博物館は、ブリキのおもちゃの博物館である。

 

 

 

1986年開業と、けっこう長くやっている。

箱根や河口湖などにおもちゃの博物館を展開している北原照久氏が、一番最初につくった博物館である。

 

 

 

館内に入るといきなりおもちゃだらけ。

ここはお土産ゾーンで、無料。

 

 

 

奥のゾーンが、おもちゃの博物館である。

入場料は200円。

 

 

 

 

 

至る所におもちゃが並ぶ。

 

大半は1890~1960年代に製造されたもので、北原氏のコレクションであるという。

 

 

 

なぜか山崎飛行士の寄せ書き。

 

 

 

 

 

解説もある。

おもちゃにも歴史あり、なのだろう。

 

 

 

 

外国のおもちゃは、ブリキというより木材のような気がする。

 

 

 

ジャパニーズは、普通にブリキのおもちゃという感じ。

というか、色の問題?

 

 

 

トイ・ストーリーは、この博物館でインスピレーションを得たという。

 

 

 

つよそう

 

 

 

上からも我々を見下ろしている。

 

 

 

新幹線になる前のこだま。

 

 

 

車が一番多いが、電車や船もあった。

 

 

 

アメリカのドライブインを思わせる。

 

 

 

ちゃんと作り方の解説も。

 

 

 

インコはブリキではなく、ほんもの。

 

 

庭もあります。

 

 

 

さびれた馬

 

 

 

 

あとブリキでない犬もいた。

 

 

以上

 

【交通手段】桜木町駅からバスなどいろいろ

【入館料】200円

【滞在時間】20分

【混雑度】★★(他に2~3人)

【URL】TOYS CLUB Official Site