横浜山手・テニス発祥記念館
ここは日本におけるテニス発祥について語る記念館である。
中はログハウスな感じ。
外は現役のテニス場。
入口正面にあるのが、この展示。
右側は昔のテニスボール。
石を芯にして、布で包んで糸で巻いているらしい。
なにそれ痛そう。
15世紀頃のラケット。
手袋みたいに着用して使うらしい。
痛そう(確信)
裏はこんなかんじ。
ラケットに隠れて見えづらいが、この絵のような感じでプレーする。
手で打つもんだから、やたら至近距離である。
なお元々は素手で打ち合っていたが(震え)、手の防護のためラケットを使いだしたらしい。
ラケットいろいろ。
変った形のもある。
子供用はこんなんだったらしい。
虫取り網みたいだな。
ボールは、この幼女が手に持ってるやつ。
もはやバトミントンである。
テニスの歴史は古く、人々が球を打ち合う様は、紀元前15世紀エジプトの壁画に描かれていたりする。
それが12世紀頃にヨーロッパに伝わって、先ほどの手で打ち合う痛そうなスポーツとしてフランスで流行り、さらに広まっていった。
現在のテニス形式は、1873年にイギリス軍人ウィングフィールド少佐が考案したもの。
これが芝生の上で行う「ローンテニス」。
ウィングフィールド少佐は「スフェリスティキ」という名前で呼んでいたそうだが、呼びにくいので誰もマネしなかったようである(涙)
またウィングフィールド少佐のテニスコートは、ずいぶん不思議な形である。
1877年の第1回ウィンブルドン選手権では、現在のように長方形にされた模様。
テニスは英米で流行し、ラケットのほかネットやポールも合わせたテニスセットも登場。
ボールも現在のものに近くなってくる。
右のは饅頭みたいだが。
女性のスポーツ着はこの時代なかったので、まさかのドレスである。
案の定、裾をふんでコケることが多く、裾をたくし上げる用具まで開発された。
だれか体操着つくってやれよ・・
そんなテニスも日本に伝来し、横浜の外国人居留地でも1876年にプレーされたという記録がある。
今のところ、日本でこれより早くテニスがプレーされた記録が無いようなので、横浜がテニス発祥の地なのである(大勝利)。
テニスとお茶は、英国人にとって酸素レベルで必要だった模様。
ステンドグラスまで作ってしまった。
歌まで書いてしまった。
しかし竹久夢二が書くと、とてもテニスに見えないのである。
ボール入れいろいろ。
最後に、昔のラケットに触れるコーナー。
ただガットがだいぶ怪しいので、注意が必要である。
以上。
【交通手段】石川町から徒歩10分。桜木町駅などからバス20分。
【入館料】無料
【滞在時間】30分
【混雑度】★★(他に2~3人)
【URL】