神奈川Cスポ探索日記

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神奈川県内の観光スポット、って言えるかどうか微妙なスポットを巡っています。他県版は最下部のリンクから

茅ヶ崎市文化資料館

 

茅ヶ崎市文化資料館は、茅ヶ崎の郷土資料館である。

 

 

 

 

もう外観から悟れる昭和建築。

たまげたなぁ。

 

 

 

 

この資料館は常設展が1F、企画展が2F。

残念ながら常設展では撮影禁止であるので、写真なし。

 

 

入場無料なんだから撮影禁止にする意味がよく分らんのだが、ゆかりの人物館も撮影禁止だったし、なんか茅ヶ崎市ってケチくさ(検閲により削除)

 

 

 

一方で2Fの企画展には撮影禁止の張り紙なし。

じゃあ合意の上でってことで(ゲス顔)

 

 

 

2Fから下を見た図。

ちなみに常設展では、お馴染みの縄文~平安文化の土器とか動物とか。

そしてそのすぐ隣に初期のチャリンコとか学校の机とか置かれている雑食っぷりであった。

 

 

 

市内の文化財パネル。

青っぽさが時代を感じさせる。

 

 

 

 

さて、企画展でやっていたのは「七堂伽藍跡」遺跡についてである。

 

遺跡の位置を示す地図を置いたが、平安時代にデカい寺院があったらしいので、その発掘調査をしているというもの。

 

 

 

この遺跡は戦前の1941年に初めて注目されだしたらしい(ローカル的な意味で)

 

郷土史家らが集まって盛り上がっていたのだが、戦時中だし、そのあとは戦後だしでなかなか行政は文化財に注力できず、また調査資金を出してくれる財産家もいなかった。

 

 

 

1957年には上掲の石碑まで建てて機運は盛り上げられたが、本格調査は行われず放置プレイ。

熱烈支持者の1人である塩川氏は「なんとかしてクレメンス」という意味の文書まで残している。

 

 

 

淡々と放置プレイがなされた七堂伽藍跡だったが、1978年ついに調査が入ることに。

最初に注目された1941年から37年も経っている。

その間に飽きてしまった人も居たのでは(震え)。

 

 

 

発掘された皆さん。

長期間放置されたので、あまり碌な形で残っていない。

 

 

とりあえず考古学者の先生が掘ってみたところ、瓦などの建築用具・灯明会(とうみょうえ)で使う皿の発掘から、平安時代の寺院だと推定がされた。

 

これまでは何となく「寺院っぽい」という話だったが、裏付けが取れたわけである。

 

 

 

なお発掘には地元の高校生も参加したとか。

正確には「駆り出された」のだろう、きっと。

 

 

 

こんなダンジョンみたいな溝もあったらしい。

 

寺を建てる土地の地盤改良もされていたようで、土を敷いては転圧して、また敷いてという作業の跡がある。

 

 

 

最初の調査が1978年だったわけだが、次の確認調査がなんと2000年であり、それは10年かけて行ったという。

茅ヶ崎市はよほど長期計画が好きなんだろうか(白目)。

というか、郷土史家たちはそろそろ訝しみ始めていいと思うの。

 

 

 

寺院の柱を立てる礎石の模型。

 

 

こんな感じで柱を立てていた模様。

 

 

 

石の上には柱の模型があったけど、ぺらっぺらっすね(物理)。

 

 

 

奥の方に、「七堂伽藍跡を史跡としてどう盛り上げたいか」を子供たちが考えたコーナーがあった。

この工作は、史跡をどう整備したいかを表したものである。

 

 

 

よくみると中は迷路になっている。

史跡にたどり着けないかもしれない(方向音痴)

 

 

 

ゆるキャラの発案。

七堂伽藍は広域的にみると「下寺尾遺跡」なので、「下」を取ってしもかわら君である。

 

ただお腹に「下」って、うーんこの(小並)。

 

 

 

あと写真スポットを設けるという、もっともな案。

 

でもその前に、文化資料館内を撮影可能にしてくれないか(真摯)。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】茅ヶ崎駅から徒歩15分

【入館料】無料

【滞在時間】30分

【混雑度】★(誰もいない)

【URL】

www.city.chigasaki.kanagawa.jp