隠岐国分寺(後醍醐天皇流刑の地)
1331年、後醍醐天皇が倒幕計画を立てているところ味方にあっさり暴露され、挙兵はしたけど捕縛されて流されたのが隠岐の島。ここの国分寺を居所としていたそうです。
「龍王」というパワー系顔面が登場する伝統行事も行っています。
隠岐国分寺について
国分寺自体は8世紀、聖武天皇のアレにより建築された寺の1つだそうです。朝廷の命令って離島にも届くんですね。アマゾン並みの宅配力!
入館料がかかりまして、400円です。
本堂です。けっこう新しいねと思ったら、2007年に火災があって収蔵品もろとも全滅しているそうな。2015年に再建。
この寺は明治時代にも大被害にあってるんですけど、それは火災じゃなくて、周辺住民が叩き壊したんですよね。廃仏毀釈の太政官布告が出されると、隠岐の人々は島内にあった計100以上の寺院を片っ端から破壊しまくり、仏像や仏具は粉々、僧侶は還俗するか追放の憂き目にあいました。なんという世紀末。
本堂の中の伽藍も明治以前は豪壮だったそうですが、この騒動で文字通り釈迦になり、サイズが縮んだようです。太政官布告は「ご神体に仏像を据えてはならん」という命令だったそうで、寺を地獄に落とせとは言っていないんですけどね。
(オキチーユ牢獄襲撃事件(小声))
どうも隠岐地方では貧困層と富農層の格差がひどく、僧侶はそこで貧困層を助けるどころか逆に搾取しており、その恨みがこの場で一気に爆発したそうな。にしても100以上の寺院を灰燼と化すなんて、いったい寺院はどれだけ恨みを買ってたんでしょうか。(隠岐の歴史の本で読んだ話だが、どの本なのか忘れてしまった)
後醍醐天皇の流刑の地
幕府を倒したくて仕方のなかったゴダイゴさんですが、その計画は仲間にばらされてしまい、脱走して挙兵したものの準備不足で負けました。西へ追放!ガンダ~ラ~♪
(画像は島根県HPから+筆者加筆 )
隠岐というと承久の乱で敗れた後鳥羽上皇も流されてるんですけど、あちらは同じ隠岐でも別の島なんですね。流刑地はしごツアーも良いと思いますが、1日1~2本のフェリーしか移動手段ないので、ご利用は計画的に。
さて、境内の奥の方に囲われているスペースが、後醍醐天皇の御在所跡だそうです。
南北朝時代の文書『増鏡』で「天皇は隠岐に着くと国分寺という寺に入った」と記述があり、また後醍醐に仕えた頼源という僧侶の記録でも「天皇から国分寺で綸旨を受けた」とあるので、そういうことです(適当)
堂々と石碑も建てちゃったので、「実は違いました」なんてもう言えませんね!
後醍醐さんは1332年に隠岐に来ましたが、翌年に脱走して挙兵し、幕府を倒しました。なので「打倒鎌倉」起点の地といえば聞こえはいいですが、「罪人の脱走を許した地」とも言えてしまうので、社会科の先生は授業での扱いに困りそうです。
隠岐に軟禁されている間もせっせと政治工作はしており、配下を使って手紙や命令を撒きまくっていたようですね。この複製文書は資料室で見れますが、上述した頼源という出雲の僧侶に対し「わしが勝ったらお前の寺を造営してやろう」と書いて、せっせと味方を集めようとしています。
約束は本当に果たしてあげたのかな?(疑いの目)
龍王をみよう(無形文化遺産「蓮華会舞」)
最後に資料室があったので、入りましょう。
この国分寺では「蓮華会舞(れんげえまい)」という、平安時代から続く古代芸能があるのです。 国の重要無形民俗文化財にもなっています。
蓮華会舞では何種類ものキャラクターが登場して舞を踊るのですが、ダントツでインパクトあるのが「龍王」。荒々しい表情をしているのだが鼻毛が豪快すぎて台無しである。「王様です」って言われても「鼻毛出てますよ」としか返せない。
この龍王さんが祭り本番では頭髪や鼻毛を振り回して舞うのです。勇ましいなあ()
祭りの模様は館内のビデオで見れますのでどうぞ。祭り自体は真面目です。ふざけているのは顔だけです。
おしまい
【混雑度】★★(他に境内に2~3人)
【URL】
佐々木家住宅
隠岐の島の佐々木家住宅は、国の重要文化財指定を受けている古民家である。
車で来たけど、駐車場がないな。
正面にあるこのスペースに置かせてもらうか。
メンゴメンゴ。
坂を下ると、佐々木家住宅らしい。
でもこっちにも道がある。
怪しいから、こっちにしよう。
思ったよりはちゃんと出来ている道ですが、鬱蒼としている。
お目見え。
江戸後期の1836年に建築された、庄屋の家である。
以来、必要な補修のみで今日に至っているようだ。
建築時は延べ600人を動員している。
20人×30日、くらいだろうか。
隠岐の島に20人もの人が居たんですね(名誉棄損)
土間どま。
いつもどおり、農具や民具が散らばっている。
床に穴があけられているが、これは臼として使っている。
物が多いので分かりづらいが、右に臼があって、左に操作台がある。
操作台にペダルがあるので、踏んでドンツクやるようだ。
大黒柱(元)
白アリに食われまくっている。
それは分かったけど、なんでこれ残して置いてあるんだろうか。
白アリへの恨みを忘れないため?(臥薪嘗胆)
屋根。
隠岐では、「石置き杉皮葺き」という手法がメジャー。
竹をこのように組んで、その上に杉の皮を並べる。さらに石を載せる。
スギはその辺に生えてるからね、簡単に作れるらしいが、寿命は茅葺の半分しかもたないらしい。
花粉症の人は、手間かかるけど茅葺にしよう。
土間までは無料のようだが、室内に上がるとなると課金されます。
一人411円。
なんなの、このハンパすぎるお値段。
上がりました。
お庭のご様子。
不自然に板張りがされているが、ここに囲炉裏があったのだろう。
畳の大きさも、右端が変に狭い。
表玄関のサイズを広げたら、その分ほかの座敷も影響を受けて広がったのだが、広がり方が中途半端で畳1枚分に満たなかったから、こうなってるらしい。
上部には窓。
無双窓、と呼ばれている。
これは開いている状態だが、竹ざおで押すと、
閉まります。
これは無双ですね(適当)
ハンパに広がってしまった表玄関。
外観はこんな感じ。
隣の部屋。
額縁の下に、槍が飾ってある、槍の間。
槍の間は一般的には、戦に備えて槍を置いているところである。
隠岐は島流しの流刑地だが、流されてくる罪人は政治犯であり、基本は偉い人たちであるため、彼らをお守りするという意識だろうか。
この窓には「肘掛思窓」というタイトルが付けられている。
肘をついて外を見て、物思いでもしろ、ということか。
肘置くようにスペース出来てるけど、柵でグサグサになりそうなので止めておきます。
外観はこれ。
物思いというか、牢屋なのでは(白目)。
メインの床の間。
なお館内あかり全然ないので、曇りの日だともう真っ暗である。
フラッシュ焚くとこんな感じ。
縁側。
面しているのは庭というより、ぼっさぼさの雑木林だが。
屋敷の裏側の部屋。
納戸かな。
佐々木家に伝わるグッズらしきもの。
階段で屋根裏へあがれます。
杉皮で葺いている屋根がみえる。
雨天時などは水滴が屋根から落ちてきてしまうようだが、それを食い止めるために屋根裏があるようだ。
ところどころに漆を用いて、お金持ってるアピールをしている。
襖のレールまで怠りなく。
何か所か、「としとこさん」という神様が祀られていた。
正月に山から田んぼに下りてきて、収穫の終わる秋にまた山へ帰るという方々。
ただ隠岐では、冬の間としとこさんは民家に滞在するらしい。
ずっとこの辺に居るということなので、祭壇は常設されている。
すさまじく年代物そうな家具。
上段には襖が付いている。
横に開くのだろう。
あれ、開かないぞ。
手前に引くと開いた。
襖はただの装飾か。
脱出ゲームみたいだな。
下段にも襖がある。
こっちは本当に襖だった。
こんなところで心理ゲームである。
館内見つくしたので、外に出ようとしたら、なんと土間の玄関横にトイレがある。
右はビッグ用。
穴が半円になっている。
残りの半分は?
半円の残りは、外にあった。
ここから糞便を汲み取って、肥やしとして使うのだろう。
にしても玄関横に便所があるのは斬新である。
人の家に遊びに来て扉を開けたら、家主がフンばってて「おは便所」になりかねない。
友達のとこに行くときは、事前に時間を伝えておこう。
見終わったので、もとの坂の上に戻ると、屋敷の屋根が見えた。
ああやって、杉皮の上に石を置いているのか。
なるへそ。
以上。
【交通手段】西郷港から車10分
【入館料】411円
【滞在時間】40分
【混雑度】★(誰もいない)
【URL】
海とくらしの史料館(剥製水族館)
境港市にある、海とくらしの史料館である。
境港駅から徒歩20分ほど。
なお本数激少ですが、米子空港からのコミュニティバスでも来ることができます。
建物は明治時代の酒蔵を利用している。
入場料は400円。
ただ外国人はなぜか100円である、もはや日本人差別。
いつのまにかお魚ロードが終わっていたらしい。
入館。
ここは別名「剥製の水族館」。
模型ではなく、すべて本物の魚の剥製を大量に置いている。
入館早々おでむかえはこれ。
ホオジロザメは母の胎内で孵化した後、自分の兄弟や新しい卵を共食いし、生き残ったやつが出生する。
もう胎児の時点で殺しあってるのか、そりゃ人間かてまへんわ。
ホオジロウくんも、そういう殺伐とした世界で生きている模様。
サメの口から体内をのぞく。
肉や骨は取りだされているので空洞だが、皮や外側の骨は本物であろう。
なお、お触りは禁止となっています。
エントランスにはもう一匹、クロマグロ。
語尾に「キチ」を付けるのは避けた方が良いかもしれない。
と思う私の方が荒んでいるのだろうか。
ベンチは魚と鳥の形。
寝っ転がると、
天井に絵が描いてある。
がんばりましたねぇ。
お子様どころか保護者もスルー推定の、パネル展示。
境港は北前船の寄港地など、鳥取藩の重要な港であったことが書かれている。
明治時代でも、町の人口の半数が港湾従業者だったそうな。
水木しげるの生家である武良(むら)家は、江戸時代末期にこの土地で廻船問屋を創業したそうな。
これがその店舗の外観絵。
水木の曽祖父は町議員をやるなど、それなりに繁盛していた様子。
(当時の宣伝用に使われたビラ。引き札と言う)
ただ1900年代になると鉄道が普及して海運は衰退してしまった。
水木の父が大阪で起業するも失敗して帰郷しているところをみると、境港で生計を立てるのが難しくなっていたのかもしれない。
「水木」という姓は、水木が成人後に神戸でアパート経営に乗り出した際、そのアパートが「水木通」という場所にあったことに由来している。
なので本名は、武良 茂。
パネル展示の片隅に、子供の遊び場。
隅で大人しくしててねを地でやっている。
さてここからが剥製水族館の本番である。
700種類、四千点にのぼるという剥製品。
1Fと2Fに分かれております。
部屋に入ってまず目立つのが、この巨大マンボウ。
見た目以上に頑丈なようで、ライフル銃で撃っても弾は貫通しないそうな(動物虐待)
そして体が冷えたときは海面で横になって浮かんでいるらしい、案外器用だな。
顔は大変にこやかなので、水族館でも人気だそうです。
マンボウの赤ちゃんがこちら。
「可愛すぎ」(断言)。
まぁ価値観は人それぞれである。
アカマンボウは食感がマグロに似ているということで、100円回転ずしのマグロはこいつではないか疑惑が出されている魚である。
サメのみなさん。
かわいそうな名前だ(憐憫)
「シノノメサカタザメ」という名前だが、エイの一種である。
名前で相手をびびらせる詐欺。
ネコザメ。
たしかに目がネコっぽく見えなくもない。
ネコだけどサンマとかではなく、貝をばりばりかみ砕いて食べる模様。
ここは館内で唯一、はく製に触れるゾーンです。
ハリセンボンだ。
トゲが鋭利すぎる。
普通に痛いので、気を付けて持たなくてはいけない。
これでキャッチボールしようぜ!
そんなハリセンボンは天井に張り巡らされています。
どう考えても悪意である。
館内で持ってる剥製4000点のうち、こいつで1000点くらい行ってたりしないだろうな。
続いてはカニさんです。
けっこう変な色してるんだな。
これとか完全に毒もってそうだけど、別名「ワタリガニ」で、美味しいらしい。
もともと安価だったが乱獲されたので、国産は高級品になってしまった。
ちょっと水産資源の取り方考えてくれよなー、マグロもウナギも。
でかい。
さすがAMERICAN(偏見)
こちらは小さすぎて、蜘蛛と間違えて除去しそうである。
魚ぞろぞろ。
バラムツは、大トロのような味で大変美味しいらしい。
だが人間では消化できない脂を持っており、たくさん食べると腹痛や下痢を起こす。
そればかりか脂は、便意を感じないまま、勝手に肛門から排出されてしまう。
気づかぬうちに脱糞しているということだ。
あな恐ろしや。
のどぐろってお高いイメージあるけど、小さいんだな。
旬は8月~11月だそう。
目でかすぎ。
クルマダイくん。
この辺は再びサメ。
君ちょっと目が離れすぎてやしないかね。
下から見た図。
眉間が超ロング。
これで相手に頭突きするんだろうか。
君は口開けすぎ。
でも食べるのはプランクトンだそうだ。
水がぶ飲みだなぁ。
フグ。
ハコフグ。
さかなクンの帽子になっているのはこれである。
コバンザメって本当にあたまに小判のっけてるんだな。
部屋のど真ん中に位置している船にのってみよう。
こんなかんじ。
船室はカギがかかっているので入れません。
電球がむき出して照らしていて、とても熱い。
触ったらやばそう。
【緊急指令】
船長が魚を海に逃してしまったらしい、馬鹿だなぁ(直球)
「魚に触るな」というのは分かるが、「中身が無いから食べられない」って、何を言ってるのかね。
なんか泳いでるけど、あれがそれだろうか。
船の模型は剥製ではなさそうです。
何の船か、特に説明は無かった。
こっちはタンカーっぽい?
次の展示は何だろうか。
穴から魚たちが顔をのぞかせている。
ボタンがあるから、これを押すと魚が顔を出してくるのだろう。
押してみよう。
魚は微動だにせず、魚の下にあるランプが光るだけだった。
ただ顔を正面から眺めるだけの展示らしい。
奥のゾーン。
クイズに挑戦できるよ。
初級と上級があるが、上級は突然難しいので、お父さん恥かかないように注意しよう。
トミカー的な模型。
斬新な船ですねぇ(すっとぼけ)
街中をカニが歩いております。
こんなトミカーあるのか。
船の模型たち。
異国の船まで出てきてしまった。
2階へ。
額縁に入れて、ちょっと豪華な感じで展示しています。
まぁ変わらず剥製だが。
イセエビ。
茨城県より南に生息するので、伊勢伊勢サギである。
圧巻のゴシキエビ。
沖縄のサンゴ礁で育つ。
食べれます。
ニシキエビも南国諸島に生息している。
食べるよりは鑑賞用かも。
カニを捕えるためのカゴ。
中にエサがあって、カニをおびき寄せている。
次の犠牲者はこいつのようです。
なんで毎回名乗りますかね。
戦国大名だろうか。
捕らえられても、特に悲しくなさそうである。
今度は館長がやらかしたらしい。
もう不祥事つづきだな。
カツオが空中を泳いでいるので、この中からサバを頑張って探しましょう。
私はどっちでもいいです。
次の部屋へはここをとおる。
まーたハリセンボン敷き詰めてるなぁ。
高身長の人を殺しにかかる展示である。
ハリセンボン道路の裏側に、ひっそり何か隠れている。
イカ釣り用の道具だった。
扱い雑スギィ。
よくみると更に向こうに旗も掲げられている。
ハリセンボンを通り抜けた。
唐突に土器っぽいのが置かれている。
水木先生も来たようです。
たどり着いた部屋は、古民具だらけ。
あれ、魚は?
ああ、海と“くらし”の史料館だったな。
もう剥製ばかりで、完全に忘れていた。
郷土出身の版画家の作品展をやっていた。
剥製?
複製?(適当)
『原生林A 楓』という作品。
黄色い大地がドガドガ生命力っぽさをだして、原生林って感じですな(ボキャ貧)
こっちは『原生林B 山ぶどう』。
このブドウ、食べたら血か土でも吹き出すんじゃなかろうか。
突然のカゴ。
かなりボロボロ。
これで運ばれたら殿様ほこりだらけだな(確信)
1Fに降りておしまいです。
以上。
【交通手段】境港駅から徒歩20分
【入館料】400円
【滞在時間】90分
【混雑度】★★(館内に数人)
【URL】
水木しげる記念館
鳥取県の境港市は、水木しげるの出身地と言うことで、水木しげる記念館が建っている。
この辺では主要な観光地なので、けっこう混んでいるな。
入り口前に何かある。
右下のハンドルをぐるぐる回すと、お話が流れるらしい。
いきなり怪談だろうか。
有料制だった。ゲゲゲ!
水木先生の銅像。
やはり目玉の親父が一番気に入っているのだろうか。
トイレのマーク。
すでにネタが仕込まれている。
まぁ境港市どころか鳥取県中でゲゲゲをpushしているので、いろんなところで鬼太郎ネタはお目にかかれる。
米子の空港からして名称が「米子鬼太郎空港」だし。
入館料は700円。
けっこう高めだが、質量的に正当な価格であると、退館するときには感じているであろう。
まずは2Fから。
ここでは水木しげる作品の紹介をしている。
ゲゲゲの鬼太郎の前作にあたる、墓場の鬼太郎。
漫画の一場面と解説が見られる。
水木作品を殆ど知らない私のような不心得者でも、安心安全な仕組み。
『墓場の鬼太郎』は水木が漫画家になる前の、紙芝居作家をしていた時から存在している超古参シリーズ。
ただ現在の鬼太郎とは異なり、関わった人間を不幸のどん底に突き落とす系の作風であったため、一部のファンを除いては敬遠されており、連載されていたマガジンでは打ち切り寸前のところをギリギリ生き残るレベルだったそうな。
こちらは『悪魔くん』。
主人公の名前が松下一郎で、電機メーカー社長の御曹司という、もう訴訟(被告)も辞さない設定である。
天才的な頭脳を持ったこの主人公が、悪魔の力を利用して皆がハッピーな世界を作ろうとするが、それは「今の腐った世界を潰す」というこれまた過激で陰惨な作風。
売れる前まではこんなSFものもやっています。
画風が違う!
過酷な貧困生活が長かったことから、社会風刺的な作品が多数存在する。
この『原始さん』は1969年の作品なので鬼太郎ヒット後のものであるが、発展しすぎた都市文化を怪獣がぶち壊すというもの。
戦争従軍世代であるため、戦争関連作品も。
ヒトラーの顔がもはや妖怪になっているが、妖怪みたいなものだということだろう。
『コミック昭和史』は、関東大震災以後の戦争と災害だらけの昭和時代を、ねずみ男を進行役にして振り返る企画。
こんな感じで様々な水木作品が紹介されている。
「水木しげる=鬼太郎」という単純図式を壊し、作家をより広い視点で捉えてほしいということで、この展示を最初に持ってきているのかもしれない。
と言いつつ、鬼太郎が思いっきり立っているわけですが。
背中に回ると、キャラ紹介として漫画の一場面が。
『墓場の鬼太郎』も陰鬱な描写が一定層の人気を呼んだが、より広く受けさせるため、特にアニメ化との絡みで、現在のように人間寄りの立場になった鬼太郎へとシフトチェンジした模様。
名前も暗いイメージの『墓場』から、水木の幼少期のあだ名『ゲゲ』をもじったものに入れ替えた。
ネコ娘。
現在では萌えキャラ扱いになっているが、原作ではそんなことなかった。
ここからしばし、鬼太郎コーナー。
最初は背比べからスタート!(迫真)
お家はこんな風になっているようだ。
プロフィール。
学習院って、実は皇族なんだろうか。
ん?最下段・・
え、奥さんいるの?
お父さんだそうですが、あなただれ?
父がいるので母もいる。
お岩さんの遠戚だが、皿では無くて虫を数えているようだ。
自分、皿の方でいいすか(虫嫌悪)
育ての親、おまえかい。
鬼太郎のパンツは、目玉の親父が桃太郎からもらったものらしい。
妖怪とつるんでて良いのか桃太郎。
ゲゲゲのワールド。
自分の名前を冠にした温泉があるなんて、鬼太郎すごいな。
なお水木しげるは漫画家になる前に不動産投資をしたが、あまり上手くいかなかったようだ。
鬼太郎に教えてもらおう(提案)
鬼太郎の作風の変化。
紙芝居時代の鬼太郎。
人間っぽさがある。
どういう心境の変化で、ここからあの鬼太郎に繋がったのだろうか。
さきほど鬼太郎の父親として、知らないおじさんが登場していたが、そのオッサンが死後に目玉だけで復活したのが、目玉の親父であった。
目玉の親父は有能なので、あらゆる言語を理解し、虫とも会話が出来る。
ペチャンコにされてもあっさり復活できる。
一度死んでるから、残機無限状態なんだろう、きっと。
おなじみのシーン。
鬼太郎の特殊能力について。
髪の毛とばすのは一番有名なんじゃなかろうか。
それ以外にも、けっこう特殊能力あるらしい。
手首を切り離してドローンとして飛ばすことができる。
そして腹の中に蛇を飼っていたりする。
猛毒で相手を噛むのかと思いきや、蛇の役割りは「相手を驚かせること」というビックリ箱機能であった。
他のキャラの特徴も説明されている。
一反木綿は颯爽と現れるが、みんなの扱いが酷すぎて残念な目に合うキャラなイメージ。
ただ時には、木綿であるという物質性を完全に無視して活躍する。
木の枝パキーン
次の部屋。
水木は世界数十か国を旅行している、自称冒険家である。
各地での写真の展示。
つよそう。
暗い写真になってしまったが、冒険グッズ。
カバンやらなんやら。
棺桶型の筆入れ。
縁起は悪そうだが、妖怪描きにはあまり関係ないのかもしれない。
これは説明が無かったので、よくわからん。
行ったところ一覧。
オセアニアや東南アジアが多いのは、南方戦線で従軍したせいだろうか。
トリックアート。
こちらは鬼太郎ver
グッズが並んでいる。
漫画が置いてあったが、残念ながらショーケースの中なので触れない。
「ここで読んでないで買え」というメッセージであろう。
ただいくつかは読める漫画や本があった。
鬼太郎のアニメ化のたびに様々なグッズが販売されてきたが、それらが並べられている。
悪魔くん、原作とまったく別人ですな。
お面。
コレジャナイ感がすごい。
スタッフルームには妖怪もいるようだ。
これで2Fはおしまい。
水木先生は何度か来館していて、そのたびに壁画を残していっているようである。
1Fに降りよう。
(水木先生の書斎)
1Fは1/3程度が、水木しげるの一生を説明した展示なんだけど、ここに限っては何故か撮影禁止。
内容が豊富もとい凄まじかっただけに残念である。
【抜粋】
①5歳の時、死に興味を持ち、3歳の弟を海に突き落とそうとした。
②勉強が得意ではなく、定員50名で志願者51名の高等学校を受験したら、不合格だった。
③戦時中は南方の激戦地に送られ、味方全員が戦死した戦場で一人だけ生還する。しかし左腕に爆撃を受けて重傷を負い、麻酔なしで切断手術をされ、よって左腕を失っている。
ただこの手の施設はたいていが全館撮影禁止なので、撮影可能ゾーンが大半を占めるこの記念館は有能である(断言)
なんだかお化け屋敷みたいなゾーンが始まった。
鬼太郎作品に登場する妖怪たちのオブジェが並んでいる。
初っ端のぬりかべは、水木が戦地で出会ったことがあるとのこと。
お疲れのようで。
怪しい雰囲気満載なので、子供の性格によっては撤退を迫られるかもしれない。
おとろし。
神様を馬鹿にしていると、上から降ってきてその人を殺してしまう妖怪。
フォールマスター怖いんで勘弁してください。
原作。でかいでかい。
真ん中の少年が水木しげるで、横にいるのが妖怪話を沢山してくれた近所の婆ちゃん。
記念館の入り口にある銅像は、この2人のシーンである。
小豆はかり。
夜な夜な天井や屋外で、小豆をばらばらさせて数えているという、睡眠妨害をしてくる妖怪である。
あかなめ。
風呂に溜った垢をペロペロ舐めに来る。
舐めるだけで、垢を綺麗にしてくれるわけではないらしい。
つかえねー(直球)
収まりきらなかった妖怪たちは、このゾーンに集結しています。
おっすおっす!
ここは井戸のゾーン。
井戸を覗くと、下で妖怪がわらわらやっています。
壁にも覗き穴。
目がビックリ。
広いところに出た。
またまたトリックアート。
記念撮影をがんがん煽ってきますな。
日本全国の妖怪分布図。
鳥取県はこちらの方がお住まいだそうで。
最後の部屋は、企画展。
このときは、鬼太郎アニメの変遷を紹介していた。
こちらが初代。
まぁ原作準拠と言った画風。
これが2018年時点のアニメ。
どうしてこうなった。
ネコ娘が完全に別人である。
この変化について、古参ファンからは異議が出されているが、まぁ可愛いに越したことはないよね(議論終了)
あとは出口に向かう。
その前に、ちょっとした庭。
妖界庭園というらしい。
妖界なので、庭園内には踏み入れません。
奥の方を見ると、鬼太郎たちの石像が。
ネコ娘は原作準拠ver
鬼太郎の家。
時のオカリナのリンクの家みたいだな。
原始的な家のようだが、敵が近づくと虫たちが知らせてくれるというセコム機能があったり。
「つるべ火」という妖怪に、ひと月パン一切れで火を提供させている、安価で現代的で女子も安心な設計になっている。
良い家ですねえ。
都心に近ければもっと良かったんですが(現代並感)
以上。
【交通手段】境港駅から徒歩15分
【入館料】700円
【混雑度】★★★★(写真撮ると他人が写る)
【滞在時間】90分
【URL】
滝沢ダム
滝沢ダムにやってきた。
秩父には荒川関連の4ダムがあり、滝沢はその一つ。
他に浦山ダム・二瀬ダム・合角(かっかく)ダムがあり、全部回ると特別ダムカードがもらえるそうな。
全体図はこんなかんじ。
この辺に出現するのだろうか、こわいなー。
なお同じ秩父で水資源機構の管理ダムでも、浦山ダムのキャラクターは人間である。
浦山ダム=人間 > 滝沢ダム=非人間、という盛大な差別なんだろうか。
上流方面。
奥に見えるブイみたいなのは、網場(あば)といい、流木が貯水湖に流れ込んでくるのを堰き止めるもの。
なお集まった流木はダムの管理所にて配布しているのだが、アート・装飾用として需要があるとのこと。
湿っているので、薪としてはあまり使えないらしい。
下流方面。
左下に見える階段は使用できるので、体力あるひとはどうぞ。
私は体力無いので、エレベーターを使います。
滝沢ダムと同じく、ダムらしい無機質なエレベーターである。
見学用通路は、こういう構造。
エレベーターでおりて、外へ出る。
降りました。
通路を抜ける。
壁には地域の植物の写真。
ダム建設時に、影響が出ないよう配慮しましたアピールかもしれない。
こちらは建設までの年代順の写真。
計画発表自体は1969年だが、地元住民・漁業組合から盛大に反対姿勢が繰り出され、全て終わって工事着手したときには1999年になっていた。
ダム本体完成は2004年、事業完了は2011年と、もうかなり最近のダムである。
さて、通路を抜けて屋外へ。
あの出入り口から出てきました。
さすがにでかい。
説明板。
最上部に3か所あるのが、非常用洪水吐き。
ここからの放流の絵が最も圧巻だが、非常用なのであまりやらない方が良いに決まっている。
その下にあるのが、常用洪水吐き。
非常用に比べると、やはり威力は弱そうである。
向こうの方につり橋が見える。
渡ってみる。
下流を見ると、あそこからも放流している。
水力発電に利用した水を出しているそうな。
端の方を見ると、さきほどの階段が。
やっぱりあれ上り下りするの疲れるよなぁ(老並感)
再びエレベーターで上部に戻る。
ダムカードはあそこでもらえると思います、私は貰いにいっていないので、たぶんですが(雑)
以上。
【交通手段】最寄りのバス停から徒歩50分なので、車推奨
【入場料】無料
【滞在時間】30分
【混雑度】★★(他に2~3人)
【URL】滝沢ダム見学案内 | 滝沢ダム