時宗 当麻山 無量光寺
寺門まわりの風景。
神奈川県民でも存在を知らないという、JR相模線の原当麻駅から徒歩15分。
ここはもともと一遍上人が草庵として利用していた土地。
一遍の死後に、弟子であった他阿(たあ)が信徒を教団としてまとめ上げ、本拠の寺として建てたのが無量光寺である。
当麻「山」ということで、坂を上っていく。
坂を上り、墓地を通り抜けると、山門。
17世紀の建築だそうだ。
さて、無量光寺は時宗の本山として開基されたわけだが、3代目の死後に跡目争いがあり、分離する形で出来たのが藤沢の遊行寺である。
あとの流れは遊行寺の記事で書いたので端折るが、いまでは遊行寺が総本山であり、無量光寺は、まぁ多少はね?
山門の中へ。
道の左手には現代的な建造物が。
左は永代供養墓。
右のは北里大学医学部が建てた納骨堂で、医学部に献体してくれた人たちを弔うものである。
入口の道を、奥まで進む。
ちなみにこの場所には本堂があったらしいが、明治時代に焼けてしまったらしい。
本堂跡の前には、灯篭。
けっこう新しい。
歴史ある寺だと、檀家もいるのだろう。
手水。
みんなどうしても龍にするんだな。
やっぱ好きなんすねえ。
鐘は遊行寺と違って、突くことができます。
これはポイント高い!(迫真)
経典を収めておく経堂も、やたら新しい。
木の周りを囲ってなにか飾られてる。
手水の水を落として音を鳴らす水琴窟。
水が流れてないようですが(すっとぼけ)。
もっと大きい木もあります。
山門からみて右奥にある本堂はこちら。
この本堂、「仮」であるらしい。
もとの本堂はさっき一遍上人像があったところだから。
でもその本堂焼けたの明治時代なんだってば(困惑)。
賽銭箱のうえには提灯が。
そして賽銭箱のむこうは全面ガラス戸という斬新さ。
内部には、一遍上人が作成に加わったと伝えられる像があり、10月の開山忌法要の際に見られるようだ。
引き返し、今度は山門から見て左方向に行くと、鬱蒼とした林になる。
池。
鯉もおります。
カメもいるらしいが、発見できず。
橋を渡った先は用具室だと思われる。
やたら大きな木が池の上に倒れている。
倒れているけど保存しないといけないらしい。
境内はこんな感じでした。
あと公式HPみると、「松平家の祖先である得川親氏がこの寺に入った後、三河へ移って松平家を興し、徳川家へと続いた」ってあるんだけど。
一方で遊行寺さんサイドは「親氏は遊行寺に入山した」って言ってるし。
両者で徳川の祖先争いをしているのだが、まぁ双方の過去の争いは坊さんでも簡単に洗い流せないということだろう(適当)。
そもそも松平家の祖先が得川親氏ということ自体に確たる証拠がないため、松平・徳川家のでっちあげ説がある。
得川家は新田源氏の末裔であり、つまり松平・徳川家は源氏の末裔なりと主張したいがための作り話であったかもしれない、なんだってさ。
しかし公式HPで、こういう可愛い散策マップを載せたりしているので、応援したくなったりはする。
以上。
【交通手段】原当麻駅から徒歩15分
【入場料】無料
【滞在時間】30分
【混雑度】★★(他に2~3人)
【URL】