C級スポット探索日記

C級スポット探索日記

各地の資料館・博物館・珍スポを回り倒すのが趣味です。車が無いので公共交通機関利用で粘っております。転勤族(神奈川→埼玉→長野)

宿場街道資料館

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下諏訪の宿場町を紹介する資料館です。中山道甲州街道の分岐点で、大規模な宿場町だったそうです。当時の旅行業界のビジネス方法を紹介しています。

また下諏訪は幕末に活動した赤報隊終焉の土地なので、その関係資料も展示されています。

下諏訪駅から徒歩10分、入場無料です。

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建物自体は19世紀後半に建てられた商家だそうです。展示室は2Fにあります。窓からのぞくと裏庭と蔵が見えました。蔵には入れないようですが、庭は突っ切ることができ、諏訪大社秋宮へのショートカットルートになっています。

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さて展示。大街道2本通っているので通行量は多く、毎日300人~400人の宿泊者がいました。なので宿泊施設が40軒もあり、激しい客引きバトルが繰り広げられていたそうな。

価格競争のほか、荷物の無料運搬や大浴場などでアピール。「良い女の子おいてますよ」と怪しい夜の接待を宣伝する宿もあったようです。うひひ。

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客引きの模様を描いた絵画です。大量に書かれている文字は、通行人を引き込もうとする女性従業員たちのセリフのようです。
現代語訳によると「え?他の宿に泊まるんですか。私の美しい顔を見たら腰が抜けてここに泊まるもんだと思いますけどね」と自信の漲りっぷりがハンパない。ただ宿の名前は「ひもの屋」と書いてある。カラッカラに萎れてそう。

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遊女サービスに飛びつきたいお父さん方も多いでしょうが、街道を行く旅人の大半は商用です。旅費を使い込むわけにはいかないので、変なサービス付きでぼったくる宿だと困ることになります。

そのため健全な旅籠屋は組合を組織し、ガイドブックを発行して安全アピールをするようになりました。代表例が大阪の「浪花講」。これに加入している旅籠ならファミリー層でも安心です。

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長野では善光寺の周辺で「摂取講」という組合があって、ここは加盟旅籠用に接客規則を定めています。

「お茶は無料で出す」「深夜の客でも宿泊は断らない」「忘れ物はちゃんと届ける」など我が国のおもてなし精神がこの時代に定着していたことが分かります。破ると罰則もあったそうです。すばらしいCOOLジャポン。

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また下諏訪は中山道の宿場町では唯一、温泉が出るところでした。しかしきったない絵面だなぁ。湯舟の中で体を洗うんじゃない。

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全裸のオッサンの次は、いきなり戦闘風景になりました。汚い絵面にキレた人民がオッサンたちを襲撃しているのでしょうか。

いいえ、これは赤報隊の展示です。相楽総三を隊長とし、新政府からの命を受けて、「新政府は幕府と違って優しいので年貢は半分になるぞ」と各地で宣伝し、民衆の支持を得るのが仕事でした。

しかしこの年貢半減、そもそも出来やしない策でした。なので新政府は「年貢半減は赤報隊が勝手に言い出したこと」と豪快なハシゴ外しを行い、赤報隊は朝敵にされてしまいました。

 

ところで上の絵は、赤報隊じゃないです。赤報隊の前身である浪士隊が西郷隆盛の指示を受けて佐幕派庄内藩を襲撃し、その報復で薩摩藩屋敷が燃やされている場面です。やられとるやんけ。

ただしこれは「佐幕派を挑発して武力衝突を起こさせ、それを名分に幕府と戦争する」薩長の作戦。狙い通りに戊辰戦争に突入します。相楽ら赤報隊メンバーは、歴史の転換に一役買っていたということのようです。

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反逆勢扱いされた赤報隊は下諏訪まで逃れ、ここで街道を占拠して新政府軍を分断しようと試みますが、戦力の差が大きすぎてボコボコにされ、相楽ら指導者は処刑されました。

資料館から600mほど離れたところに彼らを祀った魁塚があります。新政府が使い捨てにした赤報隊。その名誉を回復する動きが維新後に沸き起こり、こうして慰霊されているのです。

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石碑には相楽総三以下、落命した幹部の名が刻まれています。相楽には正五位が贈られましたが、靖国神社に合祀されたのだ。またややこしいところに・・。

この魁塚の位置はグーグルマップにも載っています。

最後にあんまり関係ないですが、るろうに剣心相楽左之助の出身地って諏訪って設定で、赤報隊に加入して相楽総三と共に戦っているんですね。

 

おしまい

 

【滞在時間】30分

【混雑度】★★(館内に数人)

【URL】宿場街道資料館 | 下諏訪町