C級スポット探索日記

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各地の資料館・博物館・珍スポを回り倒すのが趣味です。車が無いので公共交通機関利用で粘っております。転勤族(神奈川→埼玉→長野)

日本スキー発祥記念館

新潟県上越市の高田は、明治時代末にオーストリアの軍人レルヒ少佐が赴任して日本に初めてスキーをもたらした土地だそうです。そのためスキーの歴史と広がりを学ぶ発祥記念館が建っております。

 

 

アクセス・入館料

アクセス

えちごトキめき鉄道南高田駅から2km、高田駅からは2.5kmです。記念館は金谷山という場所にあるので、往路は上りになります。徒歩だと30分かかる。帰りは下りなので25分くらいでしょうか。

私は行きはタクシーを使いました。南高田駅には居ないので、高田駅からです。1,500円弱ですね。

 

入館料

460円です。

 

展示1 スキーをもたらしたレルヒ少佐を知ろう

館内は撮影可能となっております。右手にいるおじさんが、そのレルヒさんです。

 

テオドール・エードラー・フォン・レルヒ少佐。オーストリア・ハンガリー帝国の出身です。1911年42歳の時に、ここ高田の地に赴任して日本の軍人にスキー指導を始めました。

この時代、日露戦争の勝利に衝撃を受けた西欧各国が日本に軍事視察団を送り込んでおり、レルヒ少佐もその一人だったのですが、スキーの名手であることを聞きつけた陸軍省が指導を頼んだそうです。

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日本では1902年、雪山訓練中の歩兵が遭難してほぼ全滅するという「八甲田雪中行軍遭難事件」が起こっていました。行軍参加者210名中199名が死亡する、世界登山史でも最悪レベルの事件です。

そのため日本陸軍ではスキー技術向上が必須と考えていたようです。

そんなレルヒさんのスキー教室が始まりましたが・・ん?何だこれ。1本の棒だけ握って走っておりますが。スキーをやる前にアイスホッケーでも始めるのだろうか。斬新な指導の仕方ですねぇ。

いいえ、これがオーストリア式のスキーなのです。我々が知る今日のスキーはノルウェー式だそうですが、あれは平地を滑走するのに適しているそうな。

一方でオーストリアでは急斜面の山々が多く、方向転換することが多いので、ストック1本の方がやりやすいのです。レルヒ少佐はノルウェー式・オーストリア式どちらも滑れたそうですが、高田の地形を考えてオーストリア式を採用したのだと。

 

にしてもオーストリア式、、動きがコミカルですねえ。スキー場でこんな足の動かし方している人みたことないよ。

なおレルヒ少佐は翌1912年には高田を去って北海道へ向かうのですが、後任で来た山口少佐は「ノルウェー式の方が良いのでは」とあっさり方針転換。日本全国でもノルウェー式が主流となりました。

居なくなった瞬間に方針ひっくり返されるとは、レルヒ氏への同情を禁じ得ない(涙)。

 

展示2 踊れるゆるキャラ「レルヒさん」

しかし高田の人々はスキーをもたらしてくれたレルヒ少佐へ愛着を抱き続け、こうして記念館が出来ているわけです。

さらにはゆるキャラ「レルヒさん」も登場、、本人とのイメージが違い過ぎて遺族に怒られないか、これ。

そんなレルヒさんと見る日本スキー発祥100周年ビデオが館内で放送中。1911年に高田に赴任したので、2011年で100周年だったんですね。スキー普及の流れが分かりやすくまとめられています。

ただこのビデオ、終盤がちょっと狂ってるのよね。スキーの歴史紹介が終わって「これからも上越市は発展し続けていくでしょう」という行政お決まりセリフが流れて終わりかと思ったら。

とつぜん音楽が流れ始めて、子供ダンサーとレルヒさん着ぐるみが登場して踊りだしたのだ。音楽には歌詞までついていて「滑れるヒー」「あそべるひー」とノリノリで女性ツインボーカルが熱唱してくれます。・・なんなんだこれは。

ビッグバンすら起こってしまった。これもう(スキー関係あるか)分かんねぇな。

レルヒさん着ぐるみ、身長270cmあるらしい。デカすぎだよ!道理で踊っている時に頭がぐねんぐねんしているわけである。

また映像中、スキーをしているレルヒさんが登場するので、運動神経はガチャピン並みだと思われます。

 

展示3 民間にスキーを普及させたプロペラ髭

またの名を長岡外史といいます。レルヒ赴任時の師団長で、スキーを軍人だけでなく民間人にも習得させ、雪国高田における移動手段として確立したのだ。おかげで郵便の配達員や電線の管理員など、移動が多い商売の人には大変なメリットになったとか。

すべては髭のなせるわざである。

民間人への普及を目指すにあたって、まず将校夫人の指導から始めたそうです。なので彼女らは民間人スキーヤー第一人者になりました。意外と先進的な長岡外史くんである。

レルヒと並んで高田の人々の敬愛を集めたという長岡ですが、銅像が館内にやたらあるんですよね。デスマスクまであったからね。よほど敬慕されていたんでしょうねぇ。まぁ顔が面白いから、って理由がもしかしたらあるかもしれませんが。

 

展示4 スキー誕生史、高田のスキー業界発展など

あとはスキーの世界的な発祥や歴史、時代ごとのスキー板、日本における更なるスキーの普及とオリンピック出場などが展示されています。

高田ではスキーが移動手段・日用品となったのでスキー産業が興隆し、1965年にはスキー道具の全国生産4割を占めたそうです。

「東洋一」と称されたジャンプ台まであったそうですが、1995年で営業終了し、現在は解体されています。なんでも地すべりする地層の上に建ててしまっており、人身事故はなかったものの時おり崩れていたらしい。今だったら大問題だな、、

スキー場は記念館の近くにもあるのですが、スキー人口の減少&温暖化で産業自体が今後も厳しそうですね。現にこのときも全然雪が無かったしね。

 

このままだとレルヒさんのアイデンティティが無くなってしまうので、ダンスで見せた身のこなしの軽やかさを活かし、「アマゾン川でピラニアと戦う」「ナイル川を泳いで横断する」など、ふなっしー路線を確立させておくとよいと思います。

 

おしまい

 

【混雑度】★(誰も居ない)

【滞在時間】60分

【URL】日本スキー発祥記念館 - 上越市ホームページ