日下部民芸館
高山の古民家シリーズありすぎて第何弾だかもう分らんが、ここもそれ。
飛騨郡代(幕府直轄の飛騨役所)の掛屋を担っていた「谷屋」という商人の屋敷。
掛屋っていうのは役所の資金を管理して江戸屋敷との送受金をしたり、役所が金欠になったときに貸金をする金融業者のことらしい。
玄関をくぐると広い土間と座敷があるのだが、このとき土間の部分には楽器や音響系の機具が置かれていて、BGMでジャズが流れていた。
この屋敷は天井が高くて音が響きやすいので、ときおりコンサート会場になっているようだ。
幕府の役人も愛したと噂のジャズマスターやサクソフォンを聴けるのかな?
館内は2Fから見ろと順路が書かれていたので、階段を昇ってきました。
館の名称通り、民芸品が展示されているようです。
この資料館は1960代に開館したそうで、1950年代後半~70年代半ばまでの民芸品ブームまっさかりの時代ですね。
高度経済成長期で工業品がどんどん売れたけれど、その反動で手作り品に対する衝動が抑え切れなくなってしまい、地方の民芸品に注目が集まったんだと。
毎食コンビニ飯だけど、やっぱり手作り料理のほうがいいよね、って心境か。
民芸品は基本として日用雑具で、家で普段使いできるものですね。
お盆とか食器は代表的。
小さいものならお土産にもしやすい。
かんざしは金属装飾がたくさんついていて歩くたびにジャラジャラ鳴りそうですが。
クマよけの鈴がわりという付加価値だと思ってください。
金色のケースに仕舞われている硯。
誤って墨ついたら絶望しそう。
双六だそうですが、現代人の知るそれとはだいぶ異なっているような。
どうすればゴールできるのだろう。
黒い駒を白い駒で挟んでひっくり返せばいいのかな?
商人ということで商い道具も置いてます。
銭がじゃらじゃら。
こちらでは火鉢をたくさん並べて火鉢展覧会をやっております。
高山名物の「春慶塗」は木の木目が綺麗に出るよう、漆は薄く塗っているのが特徴。
しかし素人目にはかなり地味に見えて、カインズホームとかで売ってそうな気がしなくもない。
1Fに降りてきました。
5畳くらいの和室が4部屋並んでいて、とても広々としている。
高山名物のドット絵かな?
赤ん坊をこれに座らせておけば、そのへんウロチョロするのを防げるもの。
なんか可哀そうな気もするが、勝手にどっか行かれて田んぼの中に頭突っ込まれるよりはマシであろう。
小ぶりですが庭の様子。
苔むしているところが、がっちり綺麗にしすぎない民家らしいシンプルさと年代を感じさせて良いと思います。
本館を見たら次は蔵です。
その前に、館員さんがお茶をサービスで出してくれたよ。
この日はすこし暑かったので、お茶はホットだけれどぬるいくらいの温度でちょうどよかった。
あなたが千利休ですか。
蔵の中のメインは陶磁器。
使って遊ぶ民芸品というより、観賞用寄りな気がするね
高山にある窯元は「渋草焼」を製造している。
江戸時代末頃に焼き物の名産地 尾張瀬戸から人材ひっこぬいて始めたがあんまり売れず、金持ち商人がのめり込んで破産寸前までつぎ込んで、結果的にモノになった。
陶磁器ギャンブルはそこそこに。
民芸品大好き人間は1920年代の柳宗悦に遡り、戦前は限られたメンツで細々やっていたのだが、先述の通りブームが来て民芸品価格が高騰し、初期からのメンバーは辟易したとか。
まぁニワカファンの出現は市場規模を広げるチャンスだから容量用法を守って正しく使いましょう。
そして初期民芸品マンたちは、安価で手に入る韓国は李氏朝鮮時代の民芸品を買いに求めたのだ。
韓国の民芸品マンは「これだから日本のニワカは・・」と思ったかもしれない。無限ループ。
こちらは伊万里焼ですが、絵の中に隠れた誰かさんを探したくなる色合いですね。
蔵には2Fもあります。
目についたのは「バタフライスツール」という椅子たち。
柳宗悦の息子、柳宗理が1954年にデビューさせた、蝶が羽を広げて飛ぶような形をしている椅子である。
あくまで飛んでいるように見せることがメインなので、座りやすいかどうかは特に考えていないようです。岡本太郎と同じことしてますね。
私はふかふかの椅子にチェンジでお願いします。
以上
【交通手段】高山駅から徒歩20分
【入館料】500円
【混雑度】★★(他に2~3人)
【滞在時間】30分
【URL】