C級スポット探索日記

C級スポット探索日記

各地の資料館・博物館・珍スポを回り倒すのが趣味です。車が無いので公共交通機関利用で粘っております。転勤族(神奈川→埼玉→長野)

Wood Egg お好み焼館

オタフクソースの工場が広島にあり、お好み焼きの資料館が併設されているのです。

広島電鉄井口駅から徒歩10分、広島駅からバス1時間。入館料は無料です。 

lovingcspot.hatenablog.com

工場見学も、事前予約必要&平日オンリーですがやってます。体験記はこちら。

工場見学でも資料室「おこのミュージアム」は回るんですけど、内容が盛りだくさんな一方でツアーはどんどん進んでしまうので見切れないのだ。ツアー終了後にゆっくり見ることにしました。

ツアーに参加しなくとも見学可能です。 

最初の展示は戦前だか戦後だか(記憶喪失)のお好み焼き屋です。店というより普通の家庭が駄菓子屋みたいなノリでやってますね。まぁ鉄板あれば出来るからね。

これがお好み焼き・・には見えないんですが。1900年代初頭に食べられていた「一銭洋食」というもの。お好み焼きの前身です。水で溶いた小麦粉にネギや昆布を混ぜて、半分にたたんでウスターソースをかければ出来上がり。

当時は洋食が何なのか分かっている人がそんなに居ないので、とりあえずウスターソースかければ全部洋食になっていたそうな。わかりやすくて良いんじゃない。

お好み焼きの屋台です。1955~65年頃まで実際に使われていたもの。車輪がついていて簡単に移動できるようになっています。

戦後の荒廃した広島で、人々は軍事基地から鉄板を拾い出し、水で溶いた小麦を焼いて飢えをしのいだそうな。お好み焼きはまさにソウルフードなんですな。 

ちなみにお好み焼きの原点は千利休にまで遡るそうです。小麦粉を水で溶いて焼いて、味噌ぬって丸めて茶菓子として出したのだ。お茶だいすきマンってだけじゃなかったんですねぇ。

栄養成分の表示。お好み焼きには様々な食材が入っていて、1枚食べるだけで必要な栄養素をカバーできるそうです。すごいな、ラーメンと一緒で完全栄養食じゃん。

「使う具材次第では?」とか言ってはいけないのだろう。

ここからはオタフクソースの歴史です。創業者は佐々木清一。戦前は酢の醸造や醤油の小売をしていたが、戦後になって「これからは洋食の時代や!」と意気込んで、ウスターソースを製造しだした。

洋食=ウスターソースって発想どうなの?と思うが、ソースがかかっていれば全部洋食と思われていた時代なのだ。やむなし。

 ウスターソース業者は既に大勢いたので、区別化を図るためにソースにとろみをつけたそうな。さらさらしたウスターソースお好み焼きにかけると鉄板に落ちて焦げて掃除が面倒だが、とろみを付ければ簡単には垂れ落ちない。

これでお好み焼き屋にウケたのだ。オタフクソースはじまったな。 

と思ったら、まだ問題があった。なんとソースを詰めた瓶が爆発したのだ。中国か。

保存料を使わずに自然の材料で作っているので、ソースの中で酵母が生存して発酵し、炭酸ガスが生じてビンを中から圧迫した。「爆弾ソース」などという不穏極まりないあだ名すら付けられてしまいました。 

1982年になると、専用のボトルが出来て問題解決しました。ずいぶん最近まで問題残っていたんだな。

いっとき気分を変えて白いパッケージにしていたのですが、どう見てもマヨネーズです本当にありがとうございました。売り上げも案の定落ちたので、すぐに解雇されました。

オタフクソースに含まれている原材料たちです。意外と野菜・果物が多く、全体の1/4を占めています。残り3/4は何かって?それは企業秘密です(キリッ) 

スパイスも多種多様に使われており、それらはわざわざ石臼で挽いているのです。機械で挽くのと違って熱が加わらないから風味を損なわないと。

実際に石臼で挽いてみると、確かにスパイスの香りがすごく広がる。鼻が痛い(やりすぎ)。

重要な隠し味として、デーツという果物を使っているそうです。中近東に植生するもので、「神が与えた食物」とも呼ばれ、栄養分も多く人気が高い。お土産売り場で試食できるので味わってみてクレメンス。甘くて美味しいです。

オタフクソースのこだわりが分かったところで展示室おしまいです。最後に限定プリクラを撮って帰りませう。

 

 おしまい

 

【交通手段】井口駅から徒歩10分、広島駅からバス1時間

【入場料】無料

【滞在時間】30分

【混雑度】★★★(ちらほら)

【URL】

www.otafuku.co.jp