太田市立藪塚本町歴史民俗資料館
群馬県の藪塚にある資料館です。
藪塚本町とは2005年まで存在した町だが、太田市に併呑されております。
入館料は100円。
階段を上がって2Fの展示室へ。
展示室の全景。
安定の縄文土器からのスタートですね。
縄文中期の土器。
この時代は温暖な気候が続いていたので、だいたいどこの地方でも人々はアロハな気分になって複雑な造形をした土器を製作していたものだが、この地域のそれは随分と質素である。
細々したものたち。
土偶。
目の辺りをかなり殴られてアザが出来ている人をモデルにしたようです。
いずれにしろ顔が怖い。
こわい気分を宥めるために、キャラクターが作られております。
しかし「縄文ちゃん」という命名のセンスは如何なものか(キリッ)
縄文後期につくられた「異形土器」。
左下はまるでダムカレーの器のようだ。
右下にあるやつは、たしかに異形。
なにを表しているのだろうか。
剣だそうですが、バラバラにされちゃったようですね。
これらは瓦塔。
五重塔のミニチュアで、寺院跡でみつかる。
塔を立てる金が無かったから、ミニチュアで我慢したのだろうか。
欲しい車や家があるけどプラモデルで済ませる現代のサラリーマンを思わせる。
時代が進んで、古墳時代頃。
これは鷹匠(たかじょう)埴輪と言うらしい。
文字通り、鷹の調教師を表している。
古墳時代から既に鷹狩は存在したそうだ。
しかしメキシコ人にしか見えないな。
埴輪の首ぞろぞろ。
こわいって。
ニワトリの埴輪もありますが、こちらも首が取れています。
そういうの好きなの、この資料館?
緩和剤として、今度は男の子キャラが掲示されています。
ケースに入りきらなかった物は、床に直置きしている様子。
蹴ってしまいそうで割と気を遣う。
これは棺桶。
縦にしていると何かのオブジェに見えるが、実際は横にして使っていた。
同じく古墳時代頃から登場した甑。
竈を炊く風景の再現。
やり方は分かったが、のっぺらぼうなのでやっぱり怖い(3度目)
このケースでは、礫石経(れきせききょう)を展示しています。
石にお経を刻むことで救われる的なアレ。
ずいぶんと簡易なやり方である。
ほんの数文字しか書けないから、逆にご利益あるのか不安。
「いろはにほへと」の「にほ」だけ書くなど、ただの文字練習に使われている石もあります。
衣装コスプレ用かと思ったら、ただ展示しているだけだった。
この辺は奈良時代の話。
藪塚は上野国新田郡に位置しており、その郡庁について。
郡庁とは、郡司が政務や儀式を執り行うところだそうな。
郡衙というのもあるが、こちらは役所である。
ややこしいな、同じ場所でやりなさいよ(思考放棄)
この新田郡庁、相当なサイズがあった。
通常は一辺50mの四角形の敷地を使うのだが、新田は一辺90m近くもあり、国内最大級の郡庁なんだと。
現代であれば「田舎は土地が余っているだけでは(嘲)」となるところだが、古代はどうせどこも土地が余っているので、巨大な敷地だったということは、その敷地を使える財力や権威があったのだろうか。
郡庁跡では土器もいろいろ見つかっている。
この時代の土器は裏面に「どこで使われていたか」を墨書されていることが多く、ここの土器にも記されている。
ただ書かれている文字は「新田」ではなくて「入田」。
資料館の解説だと「入田は”にゅうた”と読み、”にった”と音が似ているので、新田のことを指している」とのこと。
本当それ?
(吉見町役場 東山道のページから)
どうして新田郡そんなに強かったのかと言うと、ここが「東山道」と「東山道武蔵路」という2つの主要道路の交点であり、交通の要衝だったからだそうな。
当時は橋を架ける技術が無く、川が多い東海道は困難な道とされ、東山道が主要道となっており、東山道武蔵路は武蔵国方面へのルートとして機能した。
だが10世紀頃に架橋技術が発達すると、武蔵国に行くルートとしては東海道の方がメインになり始め、東山道武蔵路はだんだん廃れていき、鎌倉時代頃には廃道になってしまいましたとさ。
それで新田郡が廃れてしまったのかは分らんが、廃止された寺の瓦がポンポン掘り出されているので、お察しください。
奈良時代の、唐三彩の陶器。
破片ですが。
栄えていた頃は、こういう高級品を買う余裕もあったのだろう(遠い目)。
破片をもとに、復元してみたよ。
シャレオツ。
新田郡家(郡衙)での日常再現イラスト。
文字は木簡に書いていたわけだが、書き損じがあったり、使用終了した木簡を再利用するときは、文字を刀で削って消し落としていたというもの。
しかし文字を削るときに「データ消去」って、未来人ですかね君は。
民俗道具もありますので、てきとーに見ていってください。
そしてこれは資料館オリジナルの、発掘体験コーナーである。
砂の中に土器の破片が埋まっているから、掘り出して組み合わせて完成させてね、というもの。
完全に砂場遊びになっている。
猫のフンとか出てこないかしら(畏怖)
なぜかタイマーが置いてあるが、制限時間内に発掘・組合せ完成させろということだろうか。
砂を扱うので衣服に付着してしまう恐れがあるが、注意書きでは「発掘作業は汚れるものなのです」と半ば逆ギレ気味に書かれている。
タイマーと合わせて、なんだかプレッシャー掛かりますね。
「これはなんの土器でしょう」クイズ。
土器を触って、何の土器か当ててみましょう。
選択肢はこちら。
土器の裏には数字が書いてあり、これが答え。
6番なので、須恵器である。
このクイズ、めちゃめちゃ難しい。
特に須恵器と瓦の違いがなかなか分からない。
資料館いきまくってる癖に正答率ボロボロの取材陣であった。
最後に温泉のパネルでも見ますか。
この藪塚には温泉がある。
大正~昭和時代頃の写真。
情緒がありますねぇ。
ところでこの資料館の展示品は、今井館という温泉旅館の主人が蒐集した品をベースにしているそうな。
親子二代でコレクションしてきたのを、藪塚本町に寄贈したとのこと。
それで資料館一つ出来てしまう程の量なのだから、相当である。
まぁ「○○さんの隠し湯」なんて日本全国にあるので、エイプリルフールくらいのノリで聞いておけば良いと思う。
なお新田義貞さんでお馴染み新田家は、新田郡の出身です。
一つ上の写真と、同じ場所で撮った現代の写真。
実際来てみれば痛いほどわかるが、歩行者は誰もいないレベル。
2004年と2007年には温泉偽装問題も発生し、一層のダメージを受けた模様。
ところで取材陣は資料館を出たあと、ここで日帰り温泉に入るつもりだったのだが、どの旅館も休館等で入ることが出来なかった。
日帰り対応をしているのは(筆者が見た感じでは)2館だが、片方は臨時休館。
もう片方は公式HPやネットでは情報が殆ど無く、当日電話で聞いたところ「やってない」とのこと(臨時的なのか恒久的なのかは未確認)
ということで、藪塚温泉日帰りを考えられている方は、事前確認を怠らないように(戒め)
以上。
【交通手段】藪塚駅から徒歩10分
【入館料】100円
【滞在時間】40分
【混雑度】★(誰もいない)
【URL】