C級スポット探索日記

C級スポット探索日記

各地の資料館・博物館・珍スポを回り倒すのが趣味です。車が無いので公共交通機関利用で粘っております。転勤族(神奈川→埼玉→長野)

板橋区立郷土資料館

 

板橋区にある郷土資料館。

西高島平駅から徒歩15分程度。

 

 

赤塚溜池公園と接しており、資料館前には文字通り溜池がある。

だからこの時期、蚊がすごいことになっているので、はやく館内に入ろう(推奨)

 

 

入場は無料です。

展示室は1F。

 

 

鹿のはく製がお出迎え。

 

 

交流記念品らしい。

栗山村は栃木県日光市に吸収されたところだろうか。

栃木はわかるが、板橋に鹿がいるイメージありませんが。

 

 

ナウマンゾウの顎と歯。

言われないと歯だと分からない形状である。

 

 

鹿の後ろに、映画館一覧が置いてあるが、遠くて見えないのであった。

 

 

その横に並んでいるのは換気設備かと思いきや、映画館の機材。

昔はたくさん映画館あったけど、だんだん都心の大型シネマに客を取られて閉館したという名残りかね。

 

 

唐突の招き猫ご登場。

郷土の象牙彫刻家の作品だそうな。

 

さっきからテーマがランダムなので、だいぶ置いてけぼりにされている。

 

 

東武東上線の模型。

そのうしろでイベント告知がされているけど、東上線じゃなくて都営三田線関連である。

会社違うけど電車で一括りにしてしまって居るあたり、イベント企画者は鉄オタでは無いことが予想される。

 

 

お面。こわい。

左が男で、右が女を表している。

こわい。

 

 

階段を登ると企画展室になりますが、このときは企画展をやっていない時期だったので、おあずけ。

 

 

展示室の左半分をみたので、今度は右

 

ここからは時代順に並んでいる、いつもの資料館である。

さっきのは、この順番にハマらないのを集めて置いていたのだろう。

 

 

毎度おなじみの縄文土器ですが、この資料館は所蔵数があまり無いようで、その中でも自慢の品を展示している模様。

この注口土器は、注ぎ口の角度がわりと急勾配な上に太く、不思議な主張感がある。

 

 

なめくじかと思ったら、勾玉だった。

国内最大級のごん太だそうだ。

 

 

ハート形土偶とされているが、それほどハートっぽくない。

 

 

マイクロウェア?

ずいぶんとビルゲイツなネーミングである。

 

極小土器とのことだが、本当なんだろうか。

粘土カスでは(直球)

 

 

中世に入ります。

 

 

焼き印。

家畜に押して印をつけ、オーナーが誰だか分かるようにする。

カイジが腕に押されたのより遥かに小さいな。

 

 

この焼き印は、「土」。

いたそう。

 

 

多田彦六さんのお母さんの土地を、円福寺という寺に寄進するという書物。

なお多田彦六さんが誰なのかは分からないそうです(小並)

 

 

中世のこの辺りは、板橋・赤塚・志村の3地域に分かれ、桓武平氏系である豊島氏が勢力を誇っていた。

ただ鎌倉時代中期に豊島時光という当主が、禁じられていた博打をやらかし、結果的に赤塚は北条政権にボッシュートされた。

やっぱりギャンブル厨ってクソやな。

 

ただ当時は博打がやたら過熱していて、家を賭けて失うマンや、殺人まで犯してしまうマンが多数おり、幕府も御成敗式目などで規制しまくったのだが、効果はいまひとつであったようだ。

 

 

 

そんな豊島氏は室町時代鎌倉公方にくっつくが、対立する関東管領側である太田道灌に滅ぼされてしまい、この地域は太田氏や主君である後北条氏の手中に収まっている。

 

この雲版(うんばん)は、寺で時刻を知らせるために打って鳴らすものだが、太田道灌が茶室で使ったという言い伝えがある。

あっそうですか。

 

 

江戸時代では川越街道や中山道の宿場町となった。

江戸時代のガイドブックにも載っています。

 

 

名主である豊田家に伝わるという茶器、中国の新の時代のものらしい。

1世紀の品物ということになるが、そんな大事なものをこの資料館に置いといて良いのだろうか(無礼)

 

ただこの茶器の名称、「白泥湯沸(はくでいぼーふら)」という。

ちょっとボーフラでお茶飲む気にはなれませんね。

 

 

豊田さんはよほどボーフラが好きだったのか、お絵かきまでしている。

 

 

江戸の各地をスケッチした屏風でございます。

 

 

板橋の付近は鹿だらけである。

というか、鹿しか居ない。

 

(狩りに行く人たちの絵)

 

鹿狩・鷹狩は板橋の名産だったそうな。

入口にあった鹿のはく製も、これで納得。

 

こういう狩場の付近に住んでいた人は、将軍たちが狩りを行うたびに準備作業や物資の拠出を命じられていた(涙)

 

 

鷹狩のときなど、鳥のえさが必要になるので、そのためのオケラも住民に用意させたようである。

オケラが大量に上納される風景、たまりませんなぁ(卒倒)

 

 

18世紀から、大砲の練習場が整備される。

19世紀になると、長崎出身でオランダ人から砲術を学んだ高島秋帆(しゅうはん)により西洋砲術が導入されて、全国から関心を集める場所となった。

「高島平」という地名は、この高島秋帆から取られている。

 

 

 

その高島式砲術の教科書がこれ。

 

 

カルドーーース、カーーーゲルなど、やたら伸ばすところが高島流なのだろう。きっと。

 

なおオランダ語に通じていた高島は、訓練で号令をかける時もオランダ語を使用しており、これの名残りも今日いくつかみられるそうな。

有名な例だと、ランドセルはオランダ語の「背嚢=ランセル」が訛ったものである。

 

 

 

砲兵すごろくもできました。

 

 

ひたすら兵隊が構えているんだが、どうすれば双六要素になるんだろうか。

味方を誤射したら振り出しにもどるとか?

実際にやったら振り出しどころか「上がり」まで飛ばされそうであるが。

 

 

物騒なものも置いてあります。

 

明治時代になると、板橋周辺は東京近郊の割にやたら土地が余っていたので、火薬工場がずらずら並べられたようである。

 

 

軍事用の光学機との兼ね合いもあるようだが、フィルム工場も誕生して写真・映画業界

の発展に貢献している。

 

 

というわけで戦争になると、敵軍機の標的にもされたようだ。

ぐったり。

 

 

終盤になると物資が無いので、竹で兜をつくっている。

防御力2くらいかな。

 

 

千人の女性が一針ずつ縫って作る「千人針」は、無事の帰還を願って兵士に渡されたもの。

中には五銭・十銭硬貨が縫われているものもあり、これは「死(4)線をこえる」「苦(9)戦をこえる」という意味があると。

 

 

 

子供が疎開するときに荷物を詰める行李の、ふたの裏側。

中に入っているものをこうやって書いていた。

 

 

 

さっきから気になっているのだが、中央にあるこの円形の装置は何だろう。

 

 

中にジオラマが置かれている。

でもガラスが曇ってみえない。

 

 

ジオラマは3つあって、ボタンを押すと説明が始まる。

15分もあるようなので、遠慮しときますね。

 

 

しかし曇り過ぎて全く見えないんですが。

説明が進行すると晴れてくるんだろうか。

 

 

展示室おしまい。

外に出ると、古民家が2棟。

 

 

江戸時代の、規模のある農家住宅のようだ。

 

 

中は暗いので、フラッシュを炊いております。

どまどまどま~

 

 

石臼。

回せるけど、けっこう重かったり。

 

 

農具どかどか。

 

 

フラッシュで撮ると、灰の白さ加減がはっきりして結構驚く。

 

 

座敷に上がった。

 

 

リビングキッチンであるカッテは、荷物で溢れている。

整理が出来ない一家だったのかな?

 

 

囲炉裏に掛ける鍋の高さを調節する留め木は「カギツケサマ」と様づけで呼ばれ、縁起の良いものを装飾として用いるそうな。

 

鯉や鯛などの魚をよく見かけるが、これは火伏の意味となっている。

お金が欲しい人は打ち出の小槌や七福神の帆掛け船を用いているので、囲炉裏を見ればその家のがめつさが分かりそうである。

 

 

軒先には干し柿のノリで、おもちゃの飾り。

 

 

隣には農機具小屋。

 

 

こちらもどかどか置かれています。

 

 

トウミくんはサイズがあるので、資料館によっては部屋に収まらず屋外放置プレイもあるのだが、ここでは屋内に置かれてて良かったですね。

 

 

というわけでした。

 

以上。

 

【交通手段】西高島平駅から徒歩15分

【入館料】無料

【滞在時間】60分

【混雑度】★★★(一部屋に数人)

【URL】

itabashi-kyoudo-museum.jp