神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

旅行ブログです。地域別カテゴリは最下段から。

水戸市平和記念館

 

名前からして分かるが、戦争関係の記念館である。

グレーのビルの2Fと3Fに入居しているよ。

 

 

「平和記念館」という字をみると、どうもサウスポー的な感じを受け、また道行く人の視線が気になるところであるが、頑張って入りましょう(震え)

 

 

若干似通ってて分かりづらいけど、こっちは入口じゃないよ!

トイレだよ。

 

 

エレベーターで2Fにあがる。

暗い。やばそう。

あとエレベーターでなくても階段で上がれる。

 

 

2Fにあがった。

入口。

暗い。

 

 

しかし中は至極清潔である。

2009年開館とのことで、実は最近できた施設なのであった。

 

 

予想に違わず、戦争グッズがいっぱい展示されている。

 

部外者としては「水戸って空襲とか受けてたの?」と思ってしまうが、茨城県にはかのHITACHIの兵器工場があり、そこへの労働力供給元として水戸は狙われた。

1945年8月2日のことである。

終戦まであと2週間、逃げ切れませんでした・・

 

 

不発弾。

茨城大学の構内に落ちていたもの。

 

 

この中に小型の爆弾が詰められていて、上空でオープンしてそれら小型爆弾を放つんだと。

おーこわいこわい。

 

 

上空には軍用機。

右がアメリカのB29、左が日本のゼロ戦

サイズ違いすぎやしませんかね。

 

 

死体検案書と死亡証明書。

提供した側もたいしたもんですな。

 

 

でも海軍は君を募集しているよ。

I WANT YOU!

 

 

戦時中の写真たち。

 

 

戦災直後の水戸市街地。

 

 

いまはこうなっています。

 

 

これはもっと遡るが、1889年開業当初の水戸駅

当初は水戸鉄道というのが小山ー水戸をつないでいた。

いまの水戸線である。

 

 

水戸鉄道は1889年に開業したが、2年後には日本鉄道(JR)に吸収されて消滅。

寿命早すぎというか、むしろ開業当初から日本鉄道の元社長を社長に据えたり、事業委託しまくっているから、そもそも生存意思がなさげであった。

 

ちなみに埼玉方面から水戸に行くには、常磐線経由よりも小山から水戸線経由の方が早いし安いのだが、水戸線のどローカルっぷりでだいぶ気力が削られるので頑張ろう!

 

 

空襲受けまくりましたが、なぜか弘道館正庁は無事でした。

アメリカに水戸藩士のスパイがいた可能性が微レ存?

 

 

当時の新聞が置いてあるけど、みんな読み過ぎたのかシワッシワである。

 

 

戦時中なので、のらくろ武装化

 

 

みとちゃんなるキャラによる戦争Q&A。

そんな名前のアナウンサーいなかったっけ。

 

 

これがみとちゃん。

納豆臭そう(確信)

 

 

こっちは対談相手の大イチョウさん。

帽子取ったらイチョウ要素なくなるとか言ってはいけない

 

 

1945年8月2日の空襲の数日前、アメリカ軍によってビラがばらまかれたらしい。

内容としては「これから空襲するが、一般人民に危害を加えるつもりはないから避難するように」というもの。

 

しかし軍がすぐ回収・収拾に走ったため、人々は避難できずに空爆の被害を受けました。

鬼畜米英、案外まともなことしてたんだな。

 

 

2Fにあがった。

 

 

左半分では原爆展なるものをやっていますね。

 

 

当時の写真がいろいろ貼られている。

負傷者の写真などエグイものもあった。

 

 

一升瓶。

酒じゃなくて醤油ね、残念。

 

 

弁当箱はよく見ますね。

 

 

時計は広島の被爆時刻8:15でとまってしまった。

 

 

それでも原爆はいっぱいあるよ。

1発あれば割と十分な感じがするが、世界全体14,900発はどうみてもオーバーキルである。

 

 

北朝鮮は「?」で表されています。

とりあえず持ってるってことにしとくか、なノリである。

 

 

こちらでは戦争被害者のインタビューなど。

 

 

戦時中の消火訓練。

 

 

焼夷弾の消火訓練だが、まぁどう見ても消せる感じではありませんね。

これが突然屋根の上から落ちてきて家中を火の海にするのだから、消火器準備している暇なぞ無いのである。

 

というわけでした。

 

以上。

 

【交通手段】水戸駅から徒歩10分

【入館料】無料

【滞在時間】60分

【混雑度】★(だれもいない)

【URL】

www.city.mito.lg.jp