神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

C級スポットを主に巡るブログです。C級スポットとは、「メジャーな観光地(A級スポット)・ちょっと変わった観光地(B級・珍スポ)ですらない、楽しめるかはその人次第の場所」という意味です。地域別カテゴリは最下段から。

煉瓦史料館(日本煉瓦製造(株) 旧煉瓦製造施設)

 

深谷市には「日本煉瓦製造(株)」の煉瓦製造施設がある。

もう稼働はしていないが、明治時代の日本の発展を支えた施設と言うことで、国の重文指定を受けている。

 

 

入場料は無料。

まず受付をすると、徒歩1分程度のところにあるレンガ製造施設に案内してもらえる。

 

 

この資料館、土日しかやっておらず、最終入館時刻も早いので要注意。

 

 

 

製造施設へはここから入ります。

 

 

中に入ると、いきなり輪窯(わがま)がお出迎え。

この窯で、レンガの製造をしていた。

 

 

窯の中に入ります。

 

 

こんな感じ。

 

 

この空間にレンガの素を積み上げて、焼き上げていた。

 

 

壁のところどころには穴が開いている。

輪窯は木造建屋に覆われていたが、この穴は建屋2Fと繋がっており、上から燃料である粉炭を投入する。

 

 

 

いい感じに煤けてますねぇ。

 

 

窯には18区画存在し、1区画で18000個のレンガを焼成することができた。

一度焼き始めると、ノンストップで火を焚き続ける24時間営業制だったと。

 

 

建屋の3Fは、窯の余熱を利用して、レンガの素を乾燥するのに使われておった。

 

 

窯を見終わったら、資料館本館へ移動。

 

 

資料館を裏側から見た図。

日本煉瓦製造(株)の事務棟として使われていたもので、1888年に建築。

 

 

窯の見学から始まったので、まず日本煉瓦製造(株)ってなんだという話だが、これは明治時代の1887年に設立された会社である。

 

西欧諸国にナメられて不平等条約を結ばされていた明治政府は、列強と肩を並べるために、東京の近代化を図った。

「日比谷周辺をレンガ造りの建築物からなる近代的な官庁街にしよう」計画である。

 

(シャレオツな展示室)

 

というわけで大量のレンガが必要になったが、東京周辺の土は質がポンコツなので、レンガ製造にはふさわしくない。

というか、そもそもレンガ製造工場をつくる金がない。

 

困った明治政府は、いつもどおり大実業家 渋沢栄一に助言を乞う。

地元 深谷の土質が良好であることを知っていた渋沢は、深谷での工場建築をオススメ。

専門家が調査したところ土質は合格、資金も渋沢がその辺の実業家を捕まえてきて捻出させた

 

(右は会社の約款。左は株金の負担人名簿で、渋沢の名前が載っている)

 

こうして日本煉瓦製造(株)がスタート。

ドイツからお雇い外人を引っこ抜いてきて工場建築、機材もドイツからお取り寄せ。

 

 

さっき見てきた窯は、ドイツのホフマンという人が設計したので、「ホフマン式輪窯」と呼ばれている。

煙突たかいなー。

 

 

 

レンガの需要はめっちゃあったので、工場はじゃんじゃん拡大しました。

20世紀になると最盛期を迎えて、窯も6台が稼働。

さっきの窯は、6号機にあたります。

 

 

当時のお写真。

まさにレンガ工場都市な、大工場である。

 

そういうわけで深谷はネギだけでなく、レンガの街も標榜しております。

まぁあまりネギばかり強調してると、ネギくさい街だと思われるからね。

レンガで打ち消そう(提案)

 

 

隣の部屋。

 

 

工場で使用されていた道具類ですな。

 

 

産地を証明するため、レンガには焼きごてで印をつけるのが一般的。

この工場は上敷免(じょうしきめん)という土地にあるので、「上敷免製」という文字が刻まれた。

 

 

製造されたレンガいろいろ。

 

 

建築時にあまったレンガだろうか。

 

 

作業場っぽいところだが立ち入り禁止。

レンガ製作イベントでもやるのだろうか。

 

 

この工場のレンガで建築された建物の写真が飾られている。

これは司法省だが、建物は現存しており、法務省となっている。

 

明治時代の歴史ある建物で働いているのか、すごいなー法務省

でもさすがに内部はリフォームしないと、仕事にならなそうである。

 

 

赤坂離宮もそうですね。

 

 

横浜正金銀行(現 神奈川県立歴史博物館)も深谷産のレンガですが、赤レンガ倉庫は違うようです。

 

東京駅のレンガは有名な話なので割愛。

 

 

奥の廊下にはパネルずらずら。

 

 

このスペースは企画展用みたいだが、このときはレンガ工場から深谷駅まで繋いでいた専用鉄道について。

 

 

深谷には利根川が流れているので、江戸時代では舟運が盛んであった。

だからレンガ工場建築時も、舟運でレンガを東京まで運べば良いか、な考えであった。

 

 

実際、開業当初は舟運を利用していたのだが、1891年から碓氷トンネル(群馬-長野間)建築でのレンガ需要が大きくなったので、東京への舟運が一時期なくなった。

 

1892年にトンネルへの需要も終わり、また東京方面に販売しようかとなったとき、すでに船夫は散り散りになっており、船も老朽化していて、舟運はかなり廃れていた。

たった1年間しか経っていないのにこの変わりよう、舟運業貧弱すぎやしませんかね。

 

 

 

それに舟運業は天候や水量など自然条件に左右されて安定しないこともあるので、1883年に開業していた深谷駅までいっそ鉄道敷設して、陸路輸送に切り替えるかという案が出た。

 

ということで、工場側は敷設費用を渋沢にねだりに。

もともと渋沢は「川船のごときは文明の利器にあらず」と舟運を初っ端からメタクソにディスっていたので、費用負担を快諾。

会社が発行した社債をガンガン購入したのであった。

 

 

(線路が展示されている)

 

民間企業による鉄道としては日本初のものとして、1972年まで運行がなされた。

道路整備・トラック輸送が主流になったことで、終了しましたとさ。

 

 

(いろんなレンガの一覧)

 

前述の通り、レンガ工場の最盛期は20世紀初頭である。

しかし1923年に関東大震災がおこり、レンガ構造物はボロボロに崩壊した。

地震に弱いことが分かってしまったのである。

 

その後は地震に強い鉄筋コンクリートが主流となっていき、レンガ建築は衰退していった。

安価な外国産レンガの輸入が増加したこともあり、会社は2006年に閉業しましたとさ。

もののあはれですねぇ。

 

 

展示しているレンガには触れちゃいけませんよ。

 

ん?このふっかちゃん、どこか違うような・・

 

 

帽子に付いている文字が「ふ」ではなくて「ろ」になっている。

これじゃあ「ろっかちゃん」じゃないか。

新種である。

 

 

こちらが正しいふっかちゃん

ゆるキャラグランプリでは群馬の馬に次いで圧倒的なパワーを誇っている。

まぁこっちは深谷市全体で推しているわけだが、むこうは群馬県全体で推しており、規模の力で負けているから仕方ない。

というか、群馬県内の他のゆるキャラどうしたんだ。

 

 

 

レンガのペンダントもお土産で売ってるよ。

 

 

ちゃんと「上敷免製」と刻印されている、オーセンティック。

 

 

100円を寄付すれば、カードも貰える。

ダムカードといい、一辺倒にカードにしていますねえ。

 

 

 

あと資料館の裏手にもう一つ建物があって、こちらは変電室。

中に入れないし、分かりづらい位置にあるので、気づかずにスルーする観客が多そうである。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】深谷駅からコミュニティバス(本数僅少)

【入館料】無料

【滞在時間】60分

【混雑度】★★★(どの部屋にも数人。観光バスが来ることも)

【URL】

www.city.fukaya.saitama.jp