神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

C級スポットを主に巡るブログです。C級スポットとは、「メジャーな観光地(A級スポット)・ちょっと変わった観光地(B級・珍スポ)ですらない、楽しめるかはその人次第の場所」という意味です。地域別カテゴリは最下段から。

天心遺跡(六角堂、岡倉天心旧宅・庭園・五浦岬公園)

 

北茨城市の五浦海岸は岡倉天心ゆかりの土地であり、旧宅や庭園が「天心遺跡」として残されている。

前の記事で書いた天心記念五浦美術館から徒歩10分程度。

 

 

 

入館料は300円。

天心の没後、茨城大学に寄付されており、いまも管理は同大学が行っている。

 

 

入場して左手にある建物は天心記念館。

 

 

五浦海岸と岡倉天心の関係を展示しております。

 

 

まぁ天心の経歴については五浦美術館で学習済みなので、ここで新たに知ることはさほどないのだが。

なので五浦美術館に寄ってから、この遺跡に来ることをお勧めします。

記事もそちらを先にみてクレメンス。

 

 

 

天心君オッスオッス。

 

 

天心は釣りキチだったので、ボストン美術館から長旅の末に帰宅しても、すぐ海岸へ釣りに出ていたんだとか。

そしてついに船まで作ってしまったのが、この龍王丸である。

設計は自ら行ったほか、アメリカ人技術者の手を借りてヨットの原理まで導入する拘りっぷり。

 

この龍王丸の模型は五浦美術館にも置いてあって、あっちは撮影禁止なんだが、こっちは撮影可能である。

もう五浦美術館も撮影可能にしよう(提案)

 

 

外に出ました。

 

 

誰かさんの銅像

 

天心に師事した日本美術研究者ラングドン・ウォーナー。

この人は第2次大戦中、文化財の多い京都・奈良を空爆の対象から外すようアメリカ政府に訴えたのだが、それが叶ってか実際に京都・奈良は殆ど空爆の被害にあわなかったという。

それを称え、胸像が建立されたんだとさ。

 

 

 

こちらが天心の旧宅。

五浦を一度訪れて、天心はここを別荘地にすることを即決し、2か月後には3000㎡もの土地を購入している。

ずいぶん買ったな、おい。

 

 

 

別荘どころか居住の本拠になってしまった。

 

もともと古びた料亭が建っていたらしく、最初はその建物にそのまま住んでいたのだが、結局取り壊し、料亭の木材を再利用しつつ居宅を新築している。

さすがに古い建物イヤになったんだろうか。

 

この部屋は、天心の居室。

 

 

 

こちらが天心の細君の居室。

展示説明では「両方の部屋の広さは一緒」と書いてあったのだが、どう見ても天心の部屋の方が広いんですが(困惑)

「床の間は居住面積に入らないから」って細君を説得したのだろうか。

 

 

 

和風建築なのに障子ではなく窓ガラスになっているのは、外の景色を見たいからなんだってさ。

 

なお天心の没後に居宅は改築され、現在建っているものは往時の半分の広さに縮小されていますのでご了承ください。

 

 

外の風景はこちら。

奥の方に向かって階段を降りると、六角堂である。

 

 

これ。

天心自身は「観瀾亭(かんらんてい)」と呼んでいた。「瀾」は波のことなので、波を見る場所という意味である。

 

中国の詩人 杜甫の草堂やインドの仏堂をモデルにしつつ、茶室のような和風要素も組み込んで、アジア大集合の様式になっているそうな。

 

 

 

ただ悲しいことに、東日本大震災時の津波で根こそぎ消失してしまった。

翌年の2012年に再建したのが、現在の建物である。

 

 

 

波を見る場所なだけに、すぐ外は海である。

 

 

前にみえる白い灯篭っぽいのも、再建時についでに作ったんだとさ。

追悼的な意味があるんだろうか。

 

 

しばし五浦の海をご覧ください。

 

 

向こうに見えるのは五浦観光ホテル。

横山大観の旧別荘を敷地内に持っていて、宿泊可能なのだが、1泊27,000円する模様。

 

 

六角堂から旧宅の方に戻ってくると、大きな石碑が見える。

 

 

亜細亜ハ一なり」と書いてある。

 

↑「あじあ は いち なり」ね。

あじあ は~ なり」ではございませんので。

 

ボストン美術館の日本美術担当を担い、西欧文化を日本に持ち帰ってきた天心だが、その西欧文化をそのまま日本に当てはめるのはどうも合わないと考えた。

中国インドを含めたアジアの伝統文化だって立派に西欧と張り合えるという思いに流れ、その結果としてこの言葉に行きついたと思われる。

 

ただ大戦中は、大東亜共栄圏を正当化させる言論として悪用されてしまっている。

 

 

 

出口の方へ向かいます。

 

 

何かの跡地が出てきたが、これは土倉があったところだそうです。

 

出口付近にある休憩スペース。

 

なんか展示してあるが、地元の人が作ったんすかね。

 

 

六角堂の再建ストーリー映像が流れているのだが、上映時間長すぎるのでスルー。

 

 

 

さて、もう天心遺跡の見るものは見たので帰りたいのだが、残念なことに駅までのコミュニティバスが1時間半に1本ペースである関係上、時間が余ってしまった。

というわけで、徒歩10分の位置にある五浦岬公園へ。

 

期間限定なのかもしれないが、天心が経営していた日本美術院の再現施設があると言うこと。

 

 

これ。

美術院というか、長屋っすね(直球)

 

 

 

日本美術院には、東京美術学校での天心の教え子が在籍していたが、その中でもコアメンバーである横山大観ら4名は五浦に家族連れで移住している。

そんで写真の通りに、長屋みたいなところで作品に取り掛かっていたんだと。

 

 

その写真と同じように、建物内はセットされています。

 

 

 

写真の先頭で、屈んで絵を描いていた木村武山くんもしっかり再現。

 

 

彼らの作品の模写を、そのまま置いている。

なお模写を行ったのは、横山大観らの後輩にあたる東京芸大の学生たちだそうだ。

 

 

 

そんな雰囲気をものともしない、北茨城市のキャラクターたち。

あのさぁ。

 

 

 

一番奥では、六角堂の再建ビデオがまた上映されている。

ただしこちらはshort verとのこと。

 

 

そして、このセットを利用して製作された映画がこちら。

竹中直人とか中村獅童出てるのかよ、案外豪華やな。

 

 

映画でも木村武山君はお決まりの姿勢を取っている。

 

なおこの4名だが、天心の誘いで五浦に来たのは良いものの、やはりど田舎は嫌だったのか、3年後には東京に帰ってしまいましたとさ。

 

 

 

公園内に展望台があるよ。

 

 

中には鐘があるので、紐を引っ張って鳴らしましょう。

周りに高い建物が他に無いので、アホみたいに響きます。

 

 

碑文が刻まれているので誰のものかと思ったら、北茨城市長だった。

天心じゃないんかい。

 

 

展望台からの眺め。

木、じゃまだなぁ(直球)

 

というわけで公園もおしまい。

 

 

大津港駅へ戻ってきました。

この駅も、日本美術院が五浦に移転してきた直後は来客が多かったので特急列車が停まったらしいが、いまは鈍行しか止まりません(悲哀)

 

 

 

駅前の池にも六角堂。

やっぱ好きなんスねぇ。

 

 

以上。

 

 

【交通手段】大津港駅からバス15分(本数ごくわずか。要注意)

【入館料】300円

【滞在時間】90分

【混雑度】★★★★(時に団体客ぞろぞろ)

【URL】

rokkakudo.izura.ibaraki.ac.jp