神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

旅行ブログです。地域別カテゴリは最下段から。

帆船日本丸

 

桜木町駅からみなとみらい方面に歩いてすぐのところに、船が置いてある。

 

 

この船が、日本丸

1930年~1984年まで、船員育成のための練習船として使われていた。

 

 

 

船の前のチケット売り場。

船の対面に、みなと博物館があるが、そことの共通券もあり。

 

 

 

いざ乗船。

 

 

この場所は、明治時代に建築された横浜船渠1号ドックの遺構であり、これ自体が文化財になっている。

そして日本丸自体も2017年に文化財登録を受けたということで、横浜誇らしい感が漂っている。

 

 

 

まずは前部へ階段を登り、右手の部屋へ。

 

 

 

ブリッジに到達。

 

 

運転できます(迫真)

 

 

後ろには本が幾つか置いてある。

 

 

古書かと思いきや、平成20年という割と新しめだった。

 

まぁ日本丸は現在2代目が練習船として活動しているので、そっちの方で使っていたのかもしれない。

 

 

 

昭和時代、全国に11校の船員育成学校があったのだが、所有する船が貧弱であり、そんな船で遠洋航海に出るのだから危険極まりなかった。

1927年に商船学校の船が航海中に暴風雨にあい、乗組員53名全員死亡という惨事が発生。

 

 

 

そんな悲劇を起こしたので、事故翌年の1928年、日本政府は大量の予算をぶっこんで大型の練習船を製造することにした。

 

船の設計は、日本国内ではあまり経験が無かったため、イギリスの会社に依頼した。

しかしこの設計に欠陥があり、修正する羽目になったとか。

やっぱりメイドインジャパンがナンバーワン!

 

製造自体は川崎重工の前身である、川崎造船所が行い、1930年に進水した。

 

ブリッジの反対側へでて、船の右舷側へ。

 

 

階段を下りて、前方に向かう。

戦艦では無いので、大砲は載せていません悪しからず。

 

 

船首甲板に来ました。

 

 

進水後は全国の船学校で重宝された日本丸

戦時中は物資輸送に使われ、多くの船が撃沈される中、幸運にも生き残る。

 

戦後は、海外の戦地にいる日本人の引き上げ・遺骨の収集。

朝鮮戦争がはじまると、朝鮮半島から出国者輸送も担うなど、フル稼働の活躍。

 

 

 

後方を見た図。

ワイヤーがありすぎて、「祝 文化財登録」の横断幕を覆ってしまっている。

 

戦争関係のごたごたが終わった後、日本丸は再び練習船として使用され始める。

1984年に引退するまでの54年間で、11,500名以上の船員を育てた。

 

そういうわけで引退後の引き取り手として多くの都市が立候補したが、横浜市滝川クリステル並のアプローチをしたので、ここに飾ることになりましたとさ。

 

 

 

なんか置いてある。

 

 

ヤシの実だった。

 

 

こんな感じで、床掃除をするのに使うらしい。

 

なおこの船では団体向け体験教室もやっていて、そこで床磨きを体験できます。

腰を悪くしそうなので私は遠慮します(老並感)。

 

 

 

船首甲板の後ろは機材だらけ。

 

 

 

手押しポンプ。

飲料水タンクに繋がっている。

航海中、水は非常に貴重なので、普段は操作できないようにカギをかけていた。

 

 

 

なんだこれは。

 

 

船室用の換気口だった。

 

 

 

これは巻き上げ機。

帆を上げたり、着岸時のロープ巻きで使用する。

 

 

穴が開いているところに、この木の棒を差し込む。

 

 

するとこんな感じになる。

 

 

 

洗濯桶。水の節約のため、洗濯は週に一度だけ。

さらに節約のため、桶1つ分の水を5名で使う。

連係プレイが求められる。

 

 

 

そんな感じで、機材いろいろコーナーでした。

 

 

下の船室におりる。

 

 

急な階段である。

 

 

第二甲板。一般の船員が使うゾーン。

地下2階にあたる。

 

 

 

展示。

船乗りは、様々なロープの結び方を覚えなきゃいけない、ということ。

そしてそれぞれの結び方には名前が付いている。

 

 

【問題】これは何結びでしょう?

 

 

船員の寝室。

ほとんどの部屋はドアが閉められているけど、ガラス越しに見れる部屋もあります。

 

 

この船の体験教室メニューの中に、お泊り教室があるらしいので、閉鎖されている部屋はお泊り用にしているのかもしれない。

 

ただベッドはかなり狭いので、翌日筋肉痛が予想される。

まぁ船のスペースは限られているからね、しょうがないね。

 

 

 

一部屋だけ、立ち入れるところがあります。

なお三笠では時代的にハンモックが寝床だったが、時代が進んだ日本丸はベッド(小)になっている。

 

足を伸ばせるハンモックと、足を伸ばせないベッドではどちらが良いんだろうか(哲学)

 

 

 

当時の写真。散髪するところ。

うーんこの。

 

 

 

一般船員居住ゾーンを抜けると、また船乗り結びの展示。

 

 

なんか飾ってある。

 

 

船乗り結びだけを駆使して作られたものだった。

 

 

次のゾーンへ。

いきなりカラフルな看板である。

 

 

廊下を進む。

こちらは右舷側です。

 

 

 

右手にあるのは、機関室。

 

 

すごいっすね(ボキャ貧)。

 

 

 

 

ここはジャイロルーム。

写真右側にあるのがコンパス。

電気信号でブリッジや船長室にあるコンパスに情報を送るという、ハイテクっぷり。

 

 

 

機関室の横には、機関長室。

個室だけど、やっぱりベッドは狭そうである。

 

 

奥に行くと、また一般人用の船室。

 

 

 

機関長室にもあったが、毛布を使った折り紙じみたものが置かれている。

 

これは「飾り毛布」といい、日本船の客室で提供されるサービスなんだとか。

 

 

 

しかし薔薇とかなら良いが、船室開けてコブラがいたら、もはや別のサービスな気がする。

 

 

 

いたるところに、飾り毛布は置かれています。

 

 

病室のベッドも、彼らが占拠している。

入院させてくれよなー、頼むよー。

 

ただこのベッド自体も、ものすごい狭さではある。

 

 

病室の隣にあるのは、医務室。

 

 

手術台もまた、恐ろしく小さい。

オペ中に患者が転がり落ちないか心配である。

 

 

医務室の看板は味がある感じ。

 

 

左舷側の廊下。

 

 

展示室。

 

 

やけに金ピカな道具を置いているが、なぜ金ピカなのかまでは不明。

 

 

展示してあった写真。

捕まった宇宙人みたいになっている。

 

 

 

まーた船乗り結び。

やっぱ好きなんすねぇ。

 

 

 

これで第二甲板おわり。

上甲板(地下1F部分)にのぼる。

てかまだあるのか(疲労

 

 

 

最初は調理室。

 

 

当時のメニュー。

食器が時代を感じさせる。

 

 

献立。あんがい良いものを食べている感じ。

 

夜食や間食があるが、機関士などは宿直しないといけないからだろう。

 

 

ぐらぐら揺れる船で調理をするのだから、大変である。

船員は100名以上いて、その食事を10人程度で作っていたらしい。

 

 

 

広いところへ来た。

 

 

見るからに、講堂といった部屋。

 

 

本棚がある。

さすが講堂である。

 

 

ただ「結婚入門」とか「タバコはやめられる」とかあるんですけど(困惑)

 

まぁ海の上で婚活をするのは困難なので、陸に戻った時に速やかに異性を探せるよう予習をしていたのかもしれない。

 

 

講堂を出て右舷側にいくと、シャレオツな廊下に出る。

 

 

 

このゾーンには船長など高官の部屋があるためである。

 

ここは船長公室で、来賓を迎えたりするときに使う。

 

 

さすがに他の部屋とは別格である。

 

 

隣室は、船長の私室。

100名以上の船員の命を預かるので、それだけに良い待遇が必要である。

 

 

 

というわけで、飾り毛布のサービスがあります。

 

 

船長用の風呂。

ただ水が無いので、入浴は週2回で、海水を沸かして使う。

 

塩分があると温まりやすいから、ちょうど良いんじゃない?(他人事)

 

 

一等航海士の部屋。

船長の次に偉い人。

ただ越えられない壁があるのか、船長室よりはだいぶグレードダウンされている。

 

 

 

通信室長の部屋だが、電気が付いていないので暗い。

電気が無くても通信は出来るのだろうか。

 

 

廊下の突き当りは、士官用サロン。

偉い人たちの食堂兼会議室になっている。

 

 

天井にはステンドグラス。

下級船員とは違うのだよ、下級船員とは。

 

 

左舷側。

三等航海士の部屋はスヌーピーっぽい人に占領されていた。

 

 

 

事務員の部屋。

 

 

 

そして船医の部屋。

これ奥のベッドとソファーの、どちらで寝るんだろうか。

というか、ソファーどければ、もっと大きなベッド入ると思うんだが。

 

 

 

船室を終えて、無線室。

 

 

ファックスが置かれている。

別に不思議ではないと思うが、三笠の後で来ると時代の進みっぷりを実感する。

 

 

 

ようやくラスト、船尾の甲板に来た。

 

 

 

ぱて。

 

 

巨大な舵。

帆を上げて走っているときは、この舵を使うらしい。

 

巨大なので、2名~4名がかりで動かすとのこと。

 

 

上に登れます。

 

 

 

羅針盤が置かれている場所。

ワイヤーだらけである。

 

 

ワイヤーにはすべて名称がついている。

帆を上げるために使うんだろうけど、これ全部覚えるのムリゲーである。

まだ船乗り結びの方が良いや。

 

 

 

普段はこの船、帆を畳んでいるんだけれど、たまに広げられている。

大量のワイヤー君たちが効力を発するときである。

 

 これにておしまい。

入場料の割には、相当なボリュームであった。

 

以上。

 

 

【交通手段】桜木町駅から徒歩5分

【入場料】400円(みなと博物館と共通なら600円)

【滞在時間】90分

【混雑度】★★★★★(混み過ぎて疲れる)

【URL】

www.nippon-maru.or.jp