神奈川Cスポ探索日記

C級スポット探索日記

C級スポットを主に巡るブログです。C級スポットとは、「メジャーな観光地(A級スポット)・ちょっと変わった観光地(B級・珍スポ)ですらない、楽しめるかはその人次第の場所」という意味です。地域別カテゴリは最下段から。

箱根ラリック美術館

 

箱根の仙石原で、芸術家ルネ・ラリックの作品を展示しているのが、ラリック美術館である。

戦前から存在する映画興行会社「旛興行」の2代目 旛功泰のコレクションである模様。

 

マイセンアンティークやおもちゃミュージアムなど、箱根にはコレクションガチ勢が多い。

 

 

 

敷地はやたら広い。

この写真は敷地への入口部分を写しているけど、左はカフェで、右はお土産ショップ。

美術館はどこだ。

 

 

 

少し進んだところにあった。

 

庭園も近頃オープンしたようだが、ご覧の通り雪まみれだったので、割愛。

 

 

美術館入口のドア。

 

 

すでに色々彫られている。

 

館内は撮影禁止でした ざんねーん。

というわけで美術館そのものの写真は、例のごとくここで終わり。

 

 

 

以下は、美術館にあった作品と同様のものをネットで拾ってきたものです。

 

あとラリック美術館は作品録を発売していて、館内にもあちらこちらに置いてあるのだけれど、ただ作品を掲載するではなくて解説もガンガン付いているので、こちらも参照。

 

 

 

そもそもルネ・ラリックって誰?って話だが、19世紀末~20世紀半ばまで活動したフランスのガラス・宝飾工芸家である。

芸術の国おフランスを、その斬新なアイデアで席巻しており、世界的名声についてはお察しください。

 

 

 

シャンパーニュ地方のアイというど田舎(直球)で育ち、身近にある自然をスケッチするのがお楽しみだった。

ここで自然に対する観察眼や表現力を養ったようで、作品における植物や昆虫の描写はたいへん細かい。

 

 

描写が細かすぎるので、見る人によってはメンタルの強さを試されるかもしれない。

 

 

 

特にトンボとセミが好きだったようで、よく題材にされている。

うーん(卒倒)。

 

ラリック一家はパリに移住し、ラリック本人は10代から宝飾職人のもとで勤める。

そして早くから頭角を現し、20代にしてパリのヴァンドーム広場に店を構えることになる。

 

ヴァンドーム広場は高級店が並ぶ場所であり、日本で言うと銀座の表通りに出店するような感じだろうか。

 

 

 

当時の宝飾工芸では、ダイヤモンドが主流だった。

高価なダイヤを使うことで作品の価値を上げる、「価格を上げて殴る」作戦。

 

ラリックはそこで、ダイヤ以外の様々な宝石を使用。

ダイヤには無い多彩な色を用いて製作をしたのが、大きな特徴であるらしい。

 

 

様々な色が使われたが、青は中でも好まれていた様子。

 

 

 

19世紀後半は日本の鎖国が終わった影響で、和風作品が欧州に渡って流行するジャポニスムの時代であった。

浮世絵における自然描写はフランスでも高く評価され、ラリックを含めて芸術家の作風に大きな影響を及ぼしたという。

 

浮世絵ってすごいんすね(適当)

 

 

このランプに付いている装飾の形は、刀の鍔をイメージしているらしい。

 

あとこの作品「日本の林檎の木」ってタイトルなんだけど、美術館さんサイド曰く「リンゴでなくてボケの木では?」だと。

 

 

 

そんな先進的なラリックさんの名声を決定的にしたのが、1900年パリ万博。

人間と人間以外のものが混ざったような作品の数々を展示し、観客たちをビビらせて大盛況を博した。

 

そりゃサイレントヒルのボスみたいなのが出てきたら驚くわな。

 

 

 

こちらも万博で大変なインパクトを残した作品。

トンボが女性を食べているのか、トンボから女性が生まれているのかで議論が白熱した様子。

 

こんな感じの、人間+非人間の奇怪な組み合わせは「グロテスク」様式と言い、日本でいう「グロ」とは異なっている。

つまりケモナーは「グロテスク」ということであろう。

 

 

 

 

ここまでのラリックは宝石を扱う芸術家だったが、次第にガラス作品へと比重が移る。

 

ガラスは素材として軽視されていたが、安価であることや柔軟性・強度・透明感などの点でラリックはガラスを積極的に使い始める。

 

 

 

ガラスで製作されたのは、香水瓶や花器を始めとする日用品だった。

「美しい物は多くの人に楽しまれるべき」と考えていたラリックは、大量生産技術を得て、お茶の間にじゃんじゃん作品を出していった。

 

 

19世紀末のフランスは、科学技術の発展や産業の成長で社会が潤い、中間層が登場。

そうした人たちを受け皿に、大量生産で作品を提供した。

ラリックは芸術家のみならず商才もあったのだろう、そもそも20代で銀座に出店しているのである。

 

 

 

19世紀末では、ジャポニスムの影響を受けた自然描写+流麗な曲線+幻想的な作風という「アール・ヌーヴォー」なる風潮が流行し、ラリックもその先端を行くものだった。

 

20世紀になると、アール・ヌーヴォーも飽きられてしまったようで、若い芸術家たちは新しい作風を求める。

そこで今度は幾何学的な模様や、自然の動きを抽象的な図形で表す「アール・デコ」なる様式が誕生。

ここにおいてもラリックは先端となる作品を生み出していく。

 

 

 

1925年にはアール・デコ展なる博覧会が開催。

ここでラリックは、こんな彫像を128体並べた塔を出展し、またしても観客たちをビビらせることになる。

 

 

 

こんな塔。

手前の観客たちが震えているのが分かる(大嘘)

 

 

時代を先取るラリック殿は器に拘らず、建物や車両・船の中の装飾も手掛けるようになる。

かのオリエント急行の車内にも、ラリックの彫刻作品が飾られている。

 

そしてそのオリエント急行は、なんと本物の車両が美術館に所蔵されており、食堂室でお茶ができるという。

 

 

そのティータイム、お茶とお菓子で2100円するのね。

さらに滞在時間は45分間以内という時限付きであり、ビビった私はそそくさと逃げてしまいました(貧並感)。

 

しかし本物の車両を使っているわけだから、間違いなく行く価値はあるだろう。

というか、ビビらずに入ればよかった(後悔)

 

 

 

入館料1500円とお高目だけど、広い館内にこれでもかというほどのラリック作品があるので、数時間かける気合で入るべし。

 

以上。

 

【交通手段】小田原・箱根湯本・強羅駅などからバス。「仙石案内所」や「ラリック美術館」で下車

【入館料】1500円

【滞在時間】2時間

【混雑度】★★★★

【URL】

www.lalique-museum.com