八戸市博物館
八戸市の博物館です。この一帯は南北朝~江戸時代まで南部氏の支配下にあったということで、その関連をメインに扱っています。南部家ファンの聖地?
八戸駅から中心街方面行きバスで15分です。この八戸駅~中心街の連絡バス、なんと10分に1本という高頻度で走っているのだ。奥州のメガロポリスHACHINOHE。
中心街行きバスは2系統あるんですけど「田面木経由」系統なら「根城(博物館前)」停留所で降りれば目の前。「根城大橋経由」系統でも「根城大橋」停留所から徒歩数分で着けます。
【バスのHP】市営バス・南部バス 八戸駅⇔中心街間の10分間隔運行|八戸市公共交通ポータルサイト
入場料は250円ですが、南部家が本拠として使っていた城「根城(ねじょう)」の跡が隣にありまして、そことの共通券だと400円です。普通に買うより100円お得。
展示内容は縄文時代に始まり、南部家の活躍した南北朝~江戸、産業や文化など幅広く扱われています。
じっくり見ているとだいぶ時間が掛かるので、電車を逃さないよう気を付けよう。10分間隔のバスと違って電車は1~2時間に1本だから。
まずは縄文時代です。キノコ型の小さな土製品が発掘されているのだ。なめこ人形ごっこでもしてたのかな?
専門家によると「毒キノコと食用キノコの違いを覚えるため模型として作ったのではないか」とのこと。賢いな縄文人。ノウハウを後任にしっかり引き継ぐ組織の鑑。
土器パズルです。バラバラで発掘された土器をパズルして、本来の土器に戻そう。
博物館によくある玩具なんですが・・このパズルは激ムズなのだ。どうしてか分かりますか?
(東京都埋文センターの土器パズル)
普通の土器パズルがこれです。真ん中に支柱が立っていて、土器を貼り付けていって完成というもの。
しかし八戸のパズルは支柱がなく、積み木のように土器の破片を積み上げていかねばならんのです。バランスを崩したら一気にバラバラ。しかも積み木と違って薄い形状をしているので、全く安定しない。
リアル土器復元作業より難しいのではないか。子供たちにとってはマインドクラッシュもので海馬瀬人を量産している恐れがあります。
そんな土製品の次に現れたのは6世紀後半のものとされる金ピカ刀の柄頭。さっきまでキノコ人形だったのに急にQOLが上がりましたね。
こんな立派な金ピカ物は他に発掘されていないので渡来モノのようです。東北の豪族が他の豪族に対してマウントを取るために、わざわざ高い値段で買ってきたのだろう。
(根城の模型)
一気に時代がワープして、南部氏の登場する南北朝になります。本拠となる根城は1334年に築かれ、その頃に入植した。
南部氏はもともと源義家の弟 義光を祖としており、山梨県の南部という地域に所領を持ったのが名前の由来です。南北朝では後醍醐天皇側についており、八戸にやってきたのは東北の名馬を確保して戦況を有利にする目的だったそうな。
山梨→東北とは長距離転勤である。この山梨県の南部地域は静岡県に近く気候も温暖なので、八戸に到着した南部家の人々は東北の極寒に絶望してホームシックになったと思われる。
(江戸時代に作られた八戸城)
長距離転勤にもめげず南北朝~戦国を乗り切った南部家は、江戸時代に八戸藩となりました。ただ内部がだいぶ分裂していて、その前に紆余曲折おこっております。
八戸根城に住んでいた南部さんは岩手県遠野に転封、盛岡の南部さんが八戸を管轄することになったがこの家も(たぶん)跡目争いで分裂し、盛岡藩と八戸藩に分かれたのだ。
八戸藩は18世紀に盛大にやらかします。きっかけは大豆づくり。
千葉県の野田で醤油製造がブームしており、材料となる大豆需要が激増。藩ではこのビッグウェーブに乗るべく、稲作畑作を減らしてスーパー大豆畑を広げることにした。
(放棄された大豆畑をエンジョイするイノシシの皆さん)
このとき八戸藩はなぜか焼き畑農業を始めました。大豆を作り始めて2~3年するとその土地を放棄して、別の森林を焼いてそちらに移る。すると捨てた畑にイノシシたちが集まってきたではありませんか!放棄したとはいえ、大豆の残骸か何かは残っているからね。
ただ大豆生活に飽き足らずイノシシ集団は他の畑も荒らし始めたのだ。
そこに襲い掛かる大飢饉。農業の基軸を大豆に移しているから通常の食料作物が足りていない+イノシシの嵐というトリプルパンチ。1749年の災害で3,000人の餓死者を出したそうです。
農民たちは、こんな里芋の茎とか松の皮を食べて命を繋いだそうな。や、野菜は体にいいから(震え声)
あとは産業の展示です。青森はやはり水産業。
「マンガ」という機具です。
2つ1組で使うそうな。船の両側に繋いで、海底をずるずる引っ張っていくとあら不思議、ホッキ貝やヒメ貝が撮れる獲れる。労せずしてこんなに収穫があるとはまさにマンg(略)
菊を干して食べるそうです。私は食べたことないけど、食用菊って一般的みたいですね。もともと食べ物として8世紀に持ち込まれたそうだ。そのへんに生えてるやつでなくて、ちゃんと食用の品種なのです。
ということでした。博物館おわり。
建物から出ると正面に昔の電車の車両が置いてあるのですが、特に説明は無かった。なんなんでしょうね。
おしまい
隣接する根城の記事は ↓
【交通手段】八戸駅からバス15分
【入館料】250円
【混雑度】★★★(ちらほら)
【滞在時間】90分
【URL】八戸市博物館・史跡 根城の広場
グレットタワーみなと(館鼻公園)
八戸の陸奥湊ちかくの丘の上、館鼻公園の中に、近代都市っぽい堅さで輝く展望台「グレットタワーみなと」があります。
港町八戸を照らし続けるランドマークタワー・・なのだろうか。この辺で一番高い丘だから「地元のスポットにならないかな」くらいのノリで自治体が建てたような気がする。よくある話だ。
この近くの八戸酒造が酒造見学をやっていて、そのついでに立ち寄ったのです。
最寄りである陸奥湊駅は電車が2時間に1本とかなんでね。時間つぶしには良いんじゃないかな。
駅までは徒歩15分です。
入場料は無料です。館内は暖房が効いているので、陸奥湊駅で1時間待機して雪まみれになるよりは、こちらで待っている方がよほど良いと思います。
展望台へはエレベーターでのぼります。
他に観覧客が数人おり、みんなカップルでした。あれ、地元のデートスポットになってる? 八戸の海とかイカ漁船を眺めながら君の瞳に乾杯するのだろうか。
展望台は標高50m地点だそうです。周囲の海がよく見渡せます。
八戸湾は工業地帯のようなので、ロマンチックな光景というよりは「工場夜景」ですね。ググったら、夜景を巡る屋形船ツアーもあるようだ。工場の煙でスモークしたサーモンで一杯。
別の方角を見ると、八戸大橋が怪しく照らされていて異様な雰囲気を出していて良い。
そんな工場地帯を眺めていたら・・赤く煙が出ている所ありますけど。夜景を盛り上げるパフォーマンスかな?(すっとぼけ)
火事だったらもっと黒い煙が出る気がする。
ということで、時間つぶしにはちょうど良い展望台でした。
タワーの周辺には銅像が数体立っているんですけど、タワーの光と相まってちょっと不気味な風景になりますね。007ゴールデンアイの銅像公園を思い出した。
おしまい
【交通手段】陸奥湊駅から徒歩15分
【入館料】無料
【滞在時間】20分
【混雑度】★★(他に2~3人)
豪徳寺(招き猫)
境内が招き猫だらけなことで有名な豪徳寺です。
東急世田谷線の宮の坂駅、もしくは小田急の豪徳寺駅から徒歩10分程度。
彦根藩 井伊家の菩提寺であり、2代目の井伊直孝が鷹狩をしていた帰り、この寺の猫が道中あらわれて手招きしたので、ヒョコヒョコ付いて行って境内で休むことにした。
しばしダラダラしてたら天気が急に変わって雷ドンガラ鳴り始め、近くにあった大木は被雷して粉砕されたそうな。
おお、こわいこわい。
「寺に寄らずに歩いてたら、きっと雷に打たれて死んでたんじゃなかろうか」と拡大解釈した井伊直孝は、猫のおかげで命拾いしたと喜び、この寺を菩提寺として抜擢した。
そんなわけで幸福を呼ぶ招き猫は、ここから発祥しましたとさ。
・・と豪徳寺では言っているわけだが、招き猫発祥を自称しているのは豊島の西方寺・新宿の自性院など他にもあるのです。
まぁしかし招き猫まみれなのはここくらいだから、見た目のインパクトで豪徳寺が一番有名じゃあるまいか。
寺院の規模もかなり大きいですからね。
目を引くのは三重塔で、よく見ると色んな動物装飾が施されているのです。
1F部分の扉の上部。なんとネコが装飾されております。
かなり小さいし、三重塔は周りに柵が敷かれていて近くに立ち寄れないので、言われなければ見落とすと思う。
私も、塔の付近に居たボランティアのガイドさんに教えてもらったんですけどね。
1Fには他にも干支の動物たちが彫られています。
ネコって干支に居ないんですけど、ネズミを左右に押しのけて登場しているのだ。上の写真、ネコの隣に小さいネズミが構えている。
子(ね)と、猫の「ね」で被るということで、建築士が組み込んでしまったらしい。ネズミの控訴まったなし。
さらに3F東側にも、もう1匹。
遠すぎて写真ぼやけてしまうくらいである。これも気づかないって。
本物っぽく見えますが、置物でござる。
メインの招福殿に向かいます。ここが招き猫ゾーンなのだ。
皆さんの手元にいた招き猫が願いを成就させた暁に、こちらに奉納されているのです。
>招福殿の横側に回ると。こう、ドバーっと。
招き猫の洪水である。居すぎだよ。こわいよ。
とにかく置けるだけ置いてしまえという感が強く、少しでもスペースが開いていれば詰め込まれております。
スペース無くても、このように置けそうな場所があれば置かれてしまうのです。
願いを成就させた後の扱い、適当すぎやしませんかね。
また現代の招き猫はさまざまな種類がいるようです。
こちらはずいぶんと目が輝かしいネコさんですね。
書き足したのだろうか、ダルマじゃないんですが・・
ゴールデン招き猫もいる。オリコカードの特典かな?
そういえば招き猫って、左右どっちの手を上げてるかで意味が異なるんですよね。
左手をあげるのは客を呼ぶ、右手を上げるのは金を呼ぶ。
右手上げの招き猫は、京都の檀王法林寺が発祥を主張。
ここに祀られている「主夜神」って神様がクロネコを使いとしており、それで招き猫を初めてウチが作ったんじゃいとのこと。クロネコの使いは宅急便ではありません。
右手上げブラック招き猫は聖なるものとして扱われ、江戸幕府は「民間の招き猫は右手上げダメ。サウスポーになさい」とお達しを出したらしい。上記HPによる。
一般人が作れる招き猫は左手上げオンリーに限定。
それらはお店に置かれることが多く、客を呼ぶって性質が定着したようだ。
明治時代になるとこんなルール無くなるので、そしたら今度は他の寺院が招き猫つくりはじめた。ただ市井には左手上げがたくさんいるので、区別化のために右手上げにしましたとさ。寺の猫は右手上げ。
そんな話が京極夏彦の『五徳猫』って短編に書かれていた。たしか。
しかし寺院発の招き猫が「金を呼ぶ」性質ってのは、現金過ぎて生臭坊主感がすごいですね。豪徳寺に置かれていた猫の殆どは右手上げでした。
そしてそれ以上に、この彫刻の人物が謎である。
全裸でマッスル。脇からは枝を生やしている。これが井伊直弼ですか。
井伊家の菩提寺なので、彼らのお墓が境内の墓地にあるのです。
他の墓所からは分けられて、この一角に固まっております。
井伊直弼は一番奥の方。看板たってるので判別しやすい。
井伊直弼さんのお墓です。
墓前で写真撮るのって不謹慎な気もしますが、もうここは一種の観光地だと思うので。
桜田門外の変で暗殺されましたが、犯人は水戸浪士なので、水戸から来られた方はすみませんがご遠慮下さい。
ただ水戸側も安政の大獄で井伊直弼にボコボコにやられているので、お互いさまか。
自販機をみたら招き猫仕様になっていた。
ちゃんと右利きです。
売っている飲み物は普通であり、招き猫サイダーとかはない。
招き猫要素はもう終わりですが、いちおう本堂も参拝しましょうね。
あとは寺務所でお土産やらお守りをみておしまいです。
寺務所には、ひこにゃんがいた。彦根藩井伊家のイメージキャラ。
ネコなのは豪徳寺の招き猫から来ているそうですね。意外と歴史ネタおさえてるのね。
おしまい
【入場料】無料
【混雑度】★★★(ちらほら)
【滞在時間】40分
【URL】
八戸酒造(酒造見学)
「陸奥八仙」というメイン銘柄を持つ日本酒の酒造です。HPから申し込みをすると酒造見学ツアーに参加できます。500円なり。試飲もあるよ!
陸奥湊駅から徒歩10分で来れるので、遠慮せずにお酒が飲めますね。ローカル線の駅なので、電車は2時間に1本とかですが。
創業は18世紀半ばまで遡り、近江商人の駒井さんがわざわざ滋賀県から青森までやってきて酒造りの道に入ったのが最初だそうです。だから「駒井酒造店」という看板を残してあるのね。
ツアーガイドさんによると、当主は代々「駒井庄三郎」の名を継いできて、現在で8代目にあたるそうな。
そんな歴史ある酒造なので、敷地内にある建物のうち6棟は大正時代の建築です。それも木造・レンガ・土蔵など様々な取り揃えており、バリエーションの豊かさは見どころの一つ。
完全に脳みそが”酒”になっていてすみませんでした。文化もしっかり学びましょう(戒め)
酒造りの現場は近代的です。しかしこの作業場内、ずっと「キーン」という金属音が鳴り響いている。意識して聞いてしまうと、けっこう耳が痛い。
ネズミ除けとして鳴らしているそうで、ガイドさんは慣れているのか平気っぽいのだが、金属音に弱い方は耳栓とかガスマスクを持っていくなど気を付けた方が良いです。
土蔵の2Fに上がってきました。もとは貯蔵庫として使っていたそうですが、シャレオツな内装を活かして現在では酒造りの資料を展示したり、ギャラリーとして貸し出したりしているようです。
むかし使われていた看板。陸奥八仙という商品が出る前は、陸奥男山という銘柄がメインだったようです。今でも売られています。
「男山」って聞いたことある名前だなと思って調べてみたら、北海道にも会津にも気仙沼にも男山って名の付く酒造があった。ありすぎ。日本酒会の「高橋さん」である。
資金や酒造工程の管理用に使われていた、過去の帳簿です。
企業秘密が盛大にオープンにされている。これが情報公開、CSRですか。
という感じで一周して来たあと、試飲会場にやってきました。あれ、酒造見学おなじみのもろみタンクとか麹室とか見なかったぞ。酒造りシーズン中だから、入れない状態なのだろうか。
まぁそんなことより試飲である(酒脳)
ライナップはこちら。全部で7種類あって、自分で勝手に注いで飲めスタイルであった。よし、量のコントロール権はこちらだな(歓喜)
一番左にあるのは仕込み水です。ガイドさん曰く「これだけは外部に出していないので、実は一番レア」だそうな。しっかり戴いていきましょう、酔わないように。
試飲が終わったら、お土産売り場で気に入った銘柄を買っておしまいです。
あとこの酒造は会員制クラブがあって、オリジナル日本酒の販売とか酒造り工程への参加体験とかやってるんですね。いま流行りの“コト消費”を売りに出す姿勢。なかなか珍しいですが興味深い。八戸に住むとしたら私も参加したい(飲みたい)
おしまい。
最寄りの陸奥湊駅は電車の本数少ないので、時間が余ったら ↓ はどうでしょうか。徒歩10分弱でいけます。
【交通手段】陸奥湊駅から徒歩10分
【見学料】500円
【滞在時間】45分(見学+試飲30分)
【混雑度】★★★(ちらほら)
【URL】
二戸歴史民俗資料館
二戸市の歴史民俗資料館です・・名前おもいっきり外壁に書いてる。すごい自己紹介だな。
昔は学校だったのだろうか。右側の建物は校舎で、左側は体育館に見える。グラウンドも結構広いです。
新幹線も停まる二戸駅からは徒歩25分ほど。最寄り駅はIGRいわて銀河鉄道の斗米駅なんですが、この鉄道は本数も銀河レベルなので1~2時間に1本と言ったところです。
入館料は50円と破格の安さです。
やっぱり元体育館のせいか、寒い。ストーブは掛けられているんですが、足から迫りくる冷気が勝っちゃってますね。さすが東北の冬。展示を見終わるのが先か、凍え死ぬのが先か。DEAD or 見学。
寒いので、展示品も暖かそうなものに目が行きます。「どうこ」という道具です。
中には炭火が焚かれていて、上段の穴に食べ物や飲み物を収めると自動でHOTになるのだ。こたつに入って熱燗飲むのがベストな使い方です(酒飲み並感)
「メノコ」という、昆布を細かく刻んだものです。稗などの穀物と一緒に炊いて食べるんだそうな。あんま美味しそうに聞こえないな。
というのも、このメノコは1853年以前に作られたものだそうだ。民家の蔵でほったらかされていたのを発掘したのだと。消費期限オーバーキルである。江戸時代にはこういうのを食べて飢饉をしのいでいたのかもしれない。
漆です。なんと二戸は国産漆の7割近くを生産しているそうだ。意外な産業大国であった。ソースは二戸の漆生産施設です→(滴生舎|うるしの國・浄法寺)
しかし悲しいかな国産品は国内流通量の3%で、残り97%は輸入。
漆の実は初めて見たんですが、小魚アーモンドに入っているクルミを思い出しました。
駅名表示です。「北福岡」駅は現在の二戸駅らしい。二戸市が1972年に誕生して、そのあと1987年に今の名前に改めた模様。時間が開き過ぎじゃないですかね。サボってたな国鉄、やはり爆発させておいて正解であった。
なぜか戦前の学校の試験問題がたくさん置いてあったんですよね。30冊くらいあったのではないか。しかしみんなケースの中に仕舞われていて中身が見れないのであった。問題くらい見させて欲しかったところ。
まぁそんなことより(直球)、一番面白かったのはこれですね 。
なんと酒の自販機なのだ。ワンカップで売ってるのではなく、蛇口から日本酒がそのまま流れてくる。夢のような機械だな。
南部美人酒造で発掘されたもので、明治の中頃~後半の製造と考えられています。
硬貨を投入すると、日本酒が蛇口から出てくるわけです。とっくりやビンを持参していくんでしょうね。ゆすぐための水用蛇口まで備わっている。
万が一ビンを忘れた場合でも蛇口の下で口を開いて待ち受けていれば、自動で酒を飲ませてくれるのだ。これはノーベル化学賞ですわ。
あとは昔の民具や道具が展示されていましたが・・レコードだけ粉砕された状態で飾られているのだ。どうしたの、レコードがうまく回らなくてイライラしちゃったの?とりあえず飲み物1杯おごるから落ち着こう(さっきの自販機へ戻る)
おしまい
【交通手段】二戸駅から徒歩25分
【入館料】50円
【滞在時間】40分
【混雑度】★(だれもいない)
【URL】二戸歴史民俗資料館